顧客は、常に情報を発信している。極端に言えば、顧客が話す言葉はすべて情報であろう。しかし、話している事実を情報として捕えられるのはほんの一部である。自分に役立つことや、自分が興味の持てることを選択するからである。もっとも、いつもいつも相手が話をしている事実のすべてを情報として捕えて、処理しようとしても能力的に無理である。だから自分に関係があると思われる事実や、何となく引っ掛かっている事実を情報として捕えて処理するようになる。
販売員にとって明らかに関係ある事実とは顧客が手掛ける仕事、つまり物件に販売員が売り込んでいる商品や得意としている商品が使われるという事実である。何となく引っ掛かっている事実とは、販売員が新しく学んだ商材のことと関係があるのではと思う事実のことである。
顧客から、そのような関係ある事実を情報として入手するためには、顧客がたくさん話をしてくれなければならないのは当然のことだが、販売員側も聞きとる力を身に付けておかなければならない。営業は学ぶだけではなく、経験が大いに必要な仕事である。
知識だけで上手くいかないのは、力が身に付いているかどうかが問われるからである。したがって、情報を聞きとる力も数々の経験から作られていくと言える。それでも無為無策に時を過ごすだけの経験では力が身に付いていないだろう。数々の経験を通して聞き取る力を身に付けていくには、顧客の仕事ぶりや、日頃話している内容や話す態度を漫然と見たり聞いたりするのではなく、意識して見たり聞くことが必要なのだ。
では意識するポイントは、どんな点に注意すれば効果が上がるかを数点挙げてみよう。聞く力を身に付けるための1つ目は、観察を怠らないことである。観察は営業の基本である。見込み客に向かって初回のアプローチをしていく時、つなぎ営業をしていく時、人脈づくりのためのコミュニケーションをスムーズにしようとしている時、もちろん商談の最中の時など、観察力は営業にとって大事な基本的力である。
情報を聞きとる時にも観察力がなければ、適切な情報はとれない。顧客の現場に一歩足を踏み入れたら、目につくものを常に見ようとする力を身に付けることである。例えば、掲示板などに貼ってある電力使用量、改善成果、納期遵守業者名、会社方針、あるいは重点課題などを自然と見ている自分がいれば合格だ。
また、顧客は常に変化している。組織の変化や仕事の内容の変化、個人の役取りや役割の変化などを見逃さない目が必要だ。例えば、従来工場内の設備保全は保全課がやっていた。ある時、施設設備課という名称の課ができていたことに気付いた。半年も前に保全課から分かれて作られたということを知った。半年前にできた時点で気付いていれば、新しいニーズが競合他社の販売員より早く見つけられたに違いないというようなケースは、まさに変化を見る目は情報を聞きとる力であることを物語っている。
かつて、この業界の創業期は商材も少なく、顧客も極端に少なかった。販売員は見込み客開拓時、工場に一歩足を踏み入れるのが怖かった。何を話していいかわからなかったため、小動物がびくびく周囲を見るように、工場内で目につくものを手当たり次第に見て話題をつくった。いつしか観察力や集中力が身に付いた。そんな環境にいない現代の販売員は、強い意思をもって見ようとしなければ観察力は身に付かないだろう。
(次回は4月13日掲載)