獅子文六作品に「夫婦百景」という小説がある。昔から映画やテレビで放映されてきた。一般の人が考える夫婦というものの枠を越えた、いろいろな夫婦の在り方があって面白い作品である。夫婦にもいろいろあるように、人も十人十色、百人百色と言われるように千差万別である。だから人付き合いは難しい。
昨今は、特に人間関係の苦手な時代だ。外国に行きたがらない若者が増えたという話題が横行するように、内向きな時代の風潮がみえる。内向きとは、自分と同じ考えや価値観を持つ人との会話はするが、異なる人との会話は極力したくないということであろう。もっと砕いて言うと親しい人とは冗舌に話すのだが、あまり親しくない人とは話をしたがらない。親しくないのだから口数が少ないのは当然としても、会ったその時から親しくなろうという意識が低い。
経済規模が大きくなり社会生活上の利害が複雑に絡み、ますます制度や技術が複雑になってくると人と人との葛藤が多くなる。できるだけ煩わしさを避けたくなるのは、当然の帰結である。どの時代にも葛藤はあり煩わしいことを避けたいものだが、成長期では否応なしに環境がどんどん変わるので新しい人間関係が常に目の前に現れる。葛藤が煩わしいなどと言っていられない状態が続き、いつしか乗り越えてきた。
経済が豊かになり社会が成熟してくると、内向きに生きる空間が広くなり、他人との葛藤が少ない社会で生きることができるようになる。自ら進んで煩わしい人間関係を作らなくてもよい環境で育てば、人との葛藤に慣れないために、ちょっとしたミスを嫌うし新しい人間関係の作り方が一般的に下手になる。その結果、前に進まなくなることがよく見かけられる。
ミスは良いとは言えないが、「チャレンジせよ」と号令をかける人もかけられる人も、ちょっとしたミスがないようにガードを固めてしまうから、考え方や行動が委縮してしまうものだ。そのような世相の中でも、販売員は多くの顧客情報を入手するのが仕事である。
情報を入手するには、自分の知りたいことを質問しなければならない。「こんなことを聞いていいのかな」「気分を害するのではないか」と思ったりしたら、もう前に進まない。当たり障りのない会話で終始してしまう。これと反対に自分のことしか考えず、聞きたいことをズケズケと聞いてしまい物事をぶち壊してしまうのもよくあることだ。
そこで1つ目の心得だが、枕詞のような前置きの言葉を用意することである。人間関係を円滑にするビジネスの枕詞というものがある。これはコミュニケーションを円滑にするもので、普段よく使われている「おかげさまで…」とか「既にご存知かと思いますが」といったことがビジネス上の枕詞というものであるが、質問する時の心得としての枕詞は顧客が話しやすくなるような状況を言葉で作ることである。特に、何となく聞きにくいと感じている時に有効である。
例えば「不況で作る物がなくて大変でしょう。こんな時、技術の方は何をしてるんですか」とは聞きにくい。枕詞を使った聞き方としては「営業では不況になると売り上げ確保のため客先開拓の号令がかかり、知らない見込み客訪問で精神的に疲れます。製造工場ではこんな不況時には技術の方はどんな活動をしているんですか」と工夫することで円滑に聞けるのだ。
(次回は7月13日掲載)