“幽霊の正体見たり枯れ尾花"という俳句がある。不安な気持ちでいると夜の帳が下り、暗くなった人気のない原っぱの中にボーッとお化けらしきものが見えた。「出たぁー」と驚きの声を上げたが、冷静になってよく見ると枯れたススキであったというのが字句の通りの解釈である。不安な気持ちで物事を見ると正しい判断ができなくなるという心理は誰でも思い当たることなのだが、不安な状況に遭遇すると、どうしても慌ててしまい冷静さを失って思いとは逆のことをやってしまう。またはどうしていいかわからず立ち往生する。こんな状態になったら勝負の世界では負けである。営業とは一口で言えば顧客を増やしつづける行為である。販売員は顧客を増やしつづけなければならない勝負の世界にいる。顧客をつくるには、まず見込客との間に人間関係を築き、更に営業活動を通じて信頼関係まで高めることである。それまでは緊張の連続だ。信頼を勝ちとってしまえば余裕も生まれて、他の見込み客の紹介依頼ができる。信頼が深まれば、他部門の人や他の会社の人を紹介してもらえる。顧客を増やす道は他にもあろうが、現代では紹介が顧客を増やす王道である。だから顧客を増やすためには現状の顧客に評価されなければならない。
人間関係ができれば、評価を上げるため、何度か会うチャンスをつくって真摯に対応するだろう。販売員が苦手とするのはまだ付き合いが浅い顧客である。付き合いが浅いため用件がでてこないから真摯に対応しようにも、対応する術(すべ)がない。そのため役立つ情報を持参しようとするがそう簡単に見つからない。なぜなら、販売員は顧客のことをほとんど知らないからである。もし顧客の立場に立って物事を考えることができたら役に立つ情報は簡単に見つかるだろう。しかし、営業と技術では役割が違うために販売員は顧客の立場に立って考えることはむずかしい。そのために顧客の立場に立てずに「顧客のために」と考えてしまう。結果的には販売員側のPR色が濃くでてしまって、顧客のためにならないことが多い。日常、会っている技術者をよく見ておけばこういうことにはならないはずである。「よく見ておく」こととは質問することと言い換えることができよう。多くの販売員はよく見ようとしてないから凡庸な質問をくり返している。例えば「いま何を設計しているか」「次回の設計はどんなものなのか」「お困り事は何かないか」「どこのメーカー品を使用しているか」などである。技術者は必要を感じなければ適当に答える。こうしたくり返しになるから相手をよく見ようとしていると思えない。
ところで、一般的には技術者は営業のように人と対面しているのでなく、物づくりをしているのであるから物と対面している。だから口数は少ない。口数が少ないため販売員は緊張を覚える。いつも会っている技術者とは事務的に接し、時間的余裕があれば趣味や日常の出来事くらいは話すのだろうが、つき合って日も浅い技術者は積極的に話をしてくれない。しかも技術者のことはまるでわからない。これでは緊張して立ち往生の状態を呈することになる。しかし技術者も販売員の周囲にいる人たちと変わりはないことを知らねばならない。技術者だから技術的なことに関心があるのは確かだが、技術者にもいろいろなタイプの技術者がいる。それを身をもって知るには、普段会っている技術者とどのように会っているかが重要なのだ。
(次回は10月19日掲載)