学生の時代に新学期が始まって知らない他人同士が一堂に会すると、まず隣の人に、どちらともなく声をかける。声をかけた方が相手のことを聞く。高校生だったら、自分の名前を名乗って、相手にどこの中学出身か、などと聞く。大学生だったら、どこの町や県出身か、などと聞く。相手はそれに答えてから「君はどこの出身か」と聞き返す。
何も考えないで知らない者同士がコミュニケーションをする場合には、先に声をかけた方が名乗って相手のことを聞くところから始まるのが自然である。
産業向け部品やコンポ業界の販売員の場合はどうであろうか。昨今の販売員が見込客へアプローチする場合を見てみると、自分が名乗った後に、たたみかけるように自分の側の特筆したことを話し始める。
ビジネスの世界であるから、自分を認めてもらわなくてはならないのは当然のことだ。しかし自分を認めてもらうには、相手を認めることが必要だということを社会に出る前に自然と学んできたはずだ。相手を認めることで人間関係が良好になることも学んできた。ビジネス世界でも見知らぬ相手とコミュニケーションをするなら、相手を認めることで良好な人間関係ができ、自然とスムーズな会話に進展していくのは同じだ。
誰だって人間関係を悪くしたくない。無論、販売員は見込み客を相手にして人間関係を良好にしたいと願っている。ところが、販売員は売り手の顔になったとたんに、自己の自慢気な特筆事項を強調するところから入ってしまう。
良好な人間関係ができてなければ、相手は聞く耳を持っていないことは社会に出る前からよく知っているはずなのに、売り手という魔物が自然の摂理を狂わせてしまう。これでは販売員とよく知らない相手は双方コミュニケーションにならない。
販売員が自慢気に特筆すべき事項を述べて、そのことに格別な興味がなければ、「何があったら連絡する」という最後通牒を食らってしまう。
このようなコンタクトを何度かしているうちに格別な興味を持つ見込み客が現れることもある。
かつて高度成長期にはしばしば興味ある見込み客に遭遇して、人間関係ができる前に利害関係で結ばれることもあった。成熟期では、実績・購入ルートとも十分間に合っているのが現状だ。販売員と見込み客となる技術者が人間関係のできる前に利害関係で結ばれることはない。
それに自己アピールの強調から入るアプローチを繰り返しているから、コミュニケーション能力は向上しない。相手に探りを入れるところからコミュニケーションを模索していけば数多くの人に会えば会うほど、コミュニケーション能力は向上する。
なぜなら、製品設計者や製造技術者の実際のことがわかって、コミュニケーションの話題が豊富になるからである。販売員が技術者に試みる対象は多々あろう。その中でも製品設計者や製造技術者が取り組んでいる仕事に関する質問をすることで人間関係をつくっていくのが自然である。
技術者のしている日々の仕事を販売員は知らない。聞いてみると、午前中は会議が多い。各技術部門とのすり合わせが多いからね、などと応答がある。午後は販売員に時間をとられるから自分の仕事は15時以降になることが多い、などということもわかる。1年を通してどんな仕事をしているかを聞くと、年間の方針や重点課題も明確になる。
人間関係をつくろうとして接近したのに、知らなかった情報が入手できるという“おまけ"がついてくる。
(次回は12月21日付掲載)