【現状】
我が国鉄鋼産業は、広範な産業分野に優れた基礎素材の代表である鉄鋼製品を供給する基盤産業である。2010年の粗鋼生産量は、金融危機による厳しい減産と在庫調整を迫られた時期を乗り越え、経済対策の効果などにより自動車産業を中心に国内需要が順調に回復したほか、アジア向けを中心に輸出が高い水準で推移した結果、概ね1・1億トンとピーク時の9割程度まで回復した。しかしながら、国内需要については、公共事業の減少や日系自動車・家電メーカーの海外展開の進展による需要縮小が懸念されており、増加傾向にある輸出についても、急激に進む円高や中国・韓国鉄鋼メーカーの台頭により、厳しい国際競争にさらされている。また、鉄鉱石、原料炭等の原料価格は上昇の一途にあり、経営の大きな圧迫要因になっている。
2011年3月に発生した東日本大震災の影響については、震災直後は、東北のみならず、北海道、関東の生産も一時停止していたが、代替生産等により対応。その後、順次稼働を再開しており、鉄鋼生産全体としての影響は一部のみであった。
【我が国鉄鋼産業の強みと弱み】
(1)強み
我が国鉄鋼産業は、強度、靱性、耐熱性、加工性、接合性、リサイクル性などに優れた鋼材を生み出し、特に自動車向けの高張力鋼板、エネルギー開発に不可欠な継目無鋼管、高速鉄道用の高級レール・車輪などの高級鋼分野で、技術的に高い競争力を有している。さらに、製鉄プロセスでの省エネルギー技術も世界最高水準である。
(2)弱み
我が国は、鉄鋼原料を全量輸入しており、その輸入先は、豪州(鉄鉱石、原料炭)、ブラジル(鉄鉱石)、インドネシア(原料炭)など特定の国に偏っている。近年、鉄鋼需要の拡大、資源メジャーの寡占化などにより鉄鋼原料価格は高騰しており、鉄鋼原料の安定確保が重要な課題となっている。
【世界市場の展望】
世界の鋼材需要を粗鋼生産ベースでみると、2000年以降堅調に増加し、2007年、2008年は13億トンを上回ったが、2009年は世界的な景気悪化の影響により、12・2億トンと大幅に減少した。しかし、中国、インド、ASEANなどの新興国における鉄鋼需要の拡大を背景に2010年世界粗鋼生産は14・1億トンとなった。特に、中国の粗鋼生産量は、2010年には6・2億トンとなり、1997年から14年間連続で世界第1位となっている。
【我が国鉄鋼産業の展望と課題】
(1)今後の競争力強化に向けた対応
新興国市場や新たな成長分野の獲得に向けた各国の鉄鋼メーカー間での競争が激化する中、内需を確実に取り込み、海外需要を開拓して、新たな展開を図るためには、我が国鉄鋼産業の経営基盤を強化し、その国際競争力の維持・強化を図ることが求められる。そのためには、生産体制の集約・効率化を図ることによりコスト競争力を強化するとともに、需要産業とも連携した高度な製品開発を加速することなどにより、付加価値の高い鋼材を供給していくこと、また、そうした生産を実現していくための設備投資等を着実に行っていくことが必要である。こうした取り組みを着実に進めつつ、海外メーカーとの熾烈な競争に勝ち抜くべく、事業再編・経営資源投入の重点・集約化等を積極的に進める必要性が高まっている。
(2)資源問題への対応
鉄鉱石をはじめとする鉄鋼原料価格は、新興国の旺盛な需要や、資源メジャーの寡占化を背景に、大幅に高騰している。
また、価格決定も1年間の価格を固定するベンチマーク方式から四半期ごとに変更されるなど、資源メジャーの価格支配力が増大しており、鉄鋼メーカーのみならず、自動車家電などの川下産業へも影響を及ぼす結果となっている。
政府としても引き続き我が国企業の権益確保に対する支援や、低品位製鉄原料の利用拡大による資源対応力の強化を図るべく技術開発の推進に努めていくことが重要である。
(3)海外市場への展開
我が国鉄鋼メーカーはこれまで主に日本からの輸出により海外市場を確保してきたが、近年の新興国における急速な鉄鋼需要の拡大及び自動車等の需要産業の海外進出に対応するため、現地企業と合弁で自動車用鋼板生産工場を設立し拠点化を図るなど、海外市場への積極的な展開を進めている。政府としてもこうした動きを支援していくとともに、強みである輸出分野をさらに成長させるためにも、引き続き個別通商問題への対応が必要である。例えば、金融危機以来アジア各国で導入された強制規格などの保護主義的措置や、鉄鋼需要の拡大が予想される新興国を中心に、EPAの交渉促進に積極的に取り組んでいくことが重要である。
(4)温室効果ガスの削減に向けた対応
我が国鉄鋼産業は、京都議定書目標達成計画の一環として、自主行動計画を策定し、2008年度から2012年度の5年平均の鉄鋼生産工程におけるエネルギー使用量を、基準年の1990年度に対し、10%削減する目標を掲げている。2009年度のエネルギー消費量は、これまでの省エネ努力に加え、急激な活動水準の落ち込みも重なり、1990年度比17・2%減となり2008年度に引き続き目標を上回った。しかしながら、足下の粗鋼生産量はリーマン・ショック前の水準に回復しつつあるため、今後とも、省エネに対する取り組みの強化等を行うとともに、必要に応じて京都メカニズムクレジットを活用することにより、目標達成を目指すこととしている。
(5)サプライチェーンのリスクマネジメントの向上
東日本大震災の教訓を踏まえ、コスト競争力を落とさないように留意しながら、生産拠点の分散・複数化を進めたり、自社の他ラインでの代替生産を可能とするような取り組みが必要となっている。また、事業再編を通じて、供給面でのリスクを最小化できるような生産体制の構築を行うことも重要な取り組みである。
また、需要産業とも連携しながら、災害時における迅速な対応が可能となるような生産・在庫体制の構築を図るなど、サプライチェーン全体でBusiness Continuity Plan(BCP)を再構築していくことも急務である。