【現状】
船舶は、我が国輸出入貨物の99・7%の輸送を担っており、大きなものでは全長300メートルを超える最大規模の工業製品である。我が国造船業は、これまで一貫した生産技術の向上に取り組み、1950年代後半以降、半世紀近くにわたり、国内生産体制を維持しつつ新造船建造量においてトップシェアを維持してきたが、近年は中国における生産能力が急激に拡大し、日韓中による競争が激化している。
世界の造船市場は、03年以降、中国経済の急成長に伴う海上輸送量の増加等を背景として、タンカーやバルクキャリアを中心に新造船需要が急増したことから、10年の新造船建造量は9643万総トン(対前年比25・1%増)と過去最高を更新した。
また、08年秋以降に急落した新造船受注は、世界的に回復傾向となり、10年の受注量は8240万総トン(対前年比145・2%増)となった。
我が国造船産業(市場規模約2・7兆円)は、10年の新造船建造量が2022万総トン(対前年比6・6%増)と過去最高を記録し、受注量は1192万総トン(対前年比40・1%増)となった。
今般の東日本大震災では、東北地区4県(青森、岩手、宮城、福島)の太平洋側に立地していた全37造船所及び117社の造船関連事業者が、沿岸部という立地条件上、地盤、施設、設備に甚大な被害を受けた。
造船産業は、産業の裾野が広く、造船所を中心に関連産業が多く存在しており、地域経済・雇用を支えている。
また、被災地域の基幹産業である水産業にとって必要不可欠な3万9000隻にも及ぶ漁船や地域離島の重要な足である小型旅客船の建造・修繕など地域の産業と暮らしを支える重要産業であることから、地域復興のためにも被災造船産業の早期復旧・復興が強く求められている。
【我が国造船産業の
強みと弱み】
(1)強み
我が国は、国内に造船業、舶用工業及び海運業が集積する「海事クラスター」を形成している。この関係業界の相互連携により、高品質な船舶の建造はもとより、高い生産性、海運ニーズを的確に反映した技術開発、充実したアフターサービスなどを実現している。また、船舶の建造には、自動化が困難で高度な技能を必要とする作業工程が多数あるが、高度な判断力・技能を有する優秀な技能者が数多く存在し、造船業の競争力を支えている。
(2)弱み
70年代半ば以降続いた造船不況期に、新卒者採用の抑制を行ってきたため、人材の高齢化が進んでおり、熟練技術者・技能者の大量退職時期の到来による技術基盤の低下が懸念されている。また、韓国と比較して1社あたりの事業規模が小さいため、技術開発への投資余力が小さい。
【世界市場の展望】
長期的には、新興国等の経済発展に伴い、世界の海上輸送量が増大し、世界の造船市場も拡大していくものと考えられる。ただし、08年秋以降に急落した新造船受注については、10年に入り中国及び韓国の受注量が回復傾向にある一方、我が国は円高の影響もあり、苦しい状況におかれている。また、これまでに積み上がった受注によって12年頃まで大量の新造船竣工が予定されており、中国及び韓国における建造能力の拡大とあいまって、今後の需給ギャップの拡大が懸念されていることから、国際競争は一層厳しくなると見込まれる。
【我が国造船産業の
展望と課題】
(1)今後の競争力強化に向けた対応
国土交通省においては、前述の現状及び展望を踏まえ、10年12月に「新造船政策検討会」を開催して、我が国海事産業の中核を成す造船産業の国際競争力を維持強化するための新たな政策について検討を進めており、11年7月に検討会報告「総合的な新造船政策~一流の造船国であり続けるために~」をとりまとめた。
報告書では、我が国造船産業が更なる成長を遂げるため、我が国の強みである海事クラスターの維持強化、新興国市場や我が国の技術力を活かせる新事業分野への展開、海外競合他社に比べて一社一社の規模が小さくリスクをとりにくいという我が国造船産業の弱みを克服するための企業連携や事業統合の促進、新しい価値のある船舶(イノベーション)の持続的な開発やイノベーション推進の核となり得る人材の育成について、具体的方策を打ち出している。
また、製品性能の差別化として、革新的な船舶のCO〓削減技術の開発・実用化に向け民間の技術開発プロジェクトを支援しているほか、大幅に強化される排気ガス規制に対応し、窒素酸化物排出量を80%低減する舶用エンジンの開発・国際標準化を推進している。
(2)グローバル戦略
造船業は世界単一市場であるため、一部の国による公的な助成が市場を歪曲させる恐れがあるが、便宜置籍国の存在により、WTOによる是正措置が有効に機能しない特徴がある。このため、政府・民間ベースでの多国間・二国間協議の場を通じて、公正な競争条件を確保するための国際協調に努めている。
また、船舶の性能・品質面での競争強化に向け、国際基準戦略を推進している。船舶においては、世界共通のルールとして、主にIMO(国際海事機関)で安全・環境分野の国際基準が策定されており、これが世界の船舶の構造・設備・性能に大きく影響している。我が国は、海運・造船のリーディングカントリーとして、近年は、地球温暖化対策などの環境分野を中心に、国内での技術開発推進と並行して、新造船の燃費指標の提案を行うなどの取り組みを世界に先駆けて進めている。更に、激化する国際競争に勝ち残るための海外販路の開拓に向けて、著しい経済発展に伴い自国海運の船隊整備が見込まれる新興国市場への進出、我が国造船業の技術的優位性を発揮できる洋上浮体構造物(メガフロート等)、エネルギー需要を背景に成長が期待される海洋開発といった新事業への展開などに官民を挙げて取り組んでいる。
一方、大型船舶の解体(シップリサイクル)は、主に発展途上国において実施され、労働災害や環境汚染が世界的な問題となっているが、一方で、大量の高品質鉄資源の確保、CO〓の排出量削減等の観点から、新たな環境産業として注目を集めている。我が国は、IMOにおいてシップリサイクルに関し、労働安全の確保と環境保全改善のための新条約の採択(09年5月)を主導するとともに、世界に先駆け、環境に配慮した先進国型のシップリサイクルシステムを構築する取り組みを行っている。