4世紀末から5世紀にかけて起こったゲルマン民族の大移動によって、さしものローマ帝国も消滅したと高校の世界史で学んだ。ゲルマン民族の各部族がローマ帝国の防衛線であるドナウ河とライン河を越えてローマ帝国領内に雪崩れ込んだ原因は、アジア系の凶暴な民族フンにゲルマン民族が襲われて押し出されたからだとも習った。
塩野七生「ローマ人の物語」の最終章に、ゲルマン民族が大移動を起こしたこの時点の百年も前に、フン族に脅威を感じて、ローマ人に警鐘を鳴らした人物がいたと記してある。フン族はローマ帝国とは遠く離れていた。ローマ帝国とフン族の間にはゲルマン民族がいたから、ローマ人はフン人と直接の接触はなかった。しかしアミアヌスという人物は他のローマ人と同様に自分の目で直接フン族を見たわけではなかったが、フン族と直接、接触しているゲルマン系の各部族が何かにおびえて動揺しているような感じを受けた。そしてゲルマン人から事あるごとに熱心にフン族に関する情報を集め、ゲルマン人達の動揺の原因がゲルマン民族の後方にいるフン族の凶暴性にあると気づいたのだ。
塩野七生氏は情報について次のように述べている。『情報とは何かを感じたということが端緒になり、磁石でもあるかのように、そこに集まってくる性質をもつ』と。アミアヌスに集まってきた情報の通り、フン族の脅威は百年後に現実として表れ、ローマ帝国崩壊の引き金になった。人はひょんなことから何かを感じて興味を持つことがある。興味を持ったら、その事象について熱心に情報を集めようとするだろう。そうなると、それまで気に留めなかったことも自然と目に飛び込んでくるし、自然と耳に聞こえてくる。ひょんなことから何かを感じる感性は人によって違うものだ。
販売員にとって情報は生命線である。売り上げに直結する案件やテーマ情報の大事さもさることながら、混沌としている社会や業界では奥深いところで何かが生まれる予兆や何かが変わる予兆があるものだ。製造や業務の現場から何かを感じて、情報を集める感性が欲しいものだが、広大で複雑になった現場では販売員にとって困難なことである。毎日動いている社会に連動して、製造や業務の現場も動いている。その動いている社会をメディアはとらえている。したがって、メディアを通して製造や業務の現場では何が起こっているのか、起ころうとしているのかを知ったり、予測しようとするのが一般的である。昨今、その役割は販売員ではなく参謀である企画のスタッフになっている。企画のスタッフは世情の情報を精査し、具体的な商品の選出や創出を行う。販売員の役割はそれらの商品の案件発掘やテーマアップなどによる拡販活動が主となる。
このような役割になってくると、販売員は売れる情報を見つけるだけで情報全般に関与はしなくなる。この結果、販売員の情報収集能力は劣っていき、商品技術に関する提供のうまさだけが際立つことになる。これは、まさに店頭で上手に売る店員と同じような役割になっているということなのだ。
製造や業務の現場は広大で複雑かもしれないが、販売員の情報収集できる範囲は存在する。世情の情報を精査して感じる企画のスタッフに対し、製造や業務現場のちょっとした変化を感じるのは販売員だ。何げなく感じたことに興味を持てば、情報が目につくようになり、集まってくるはずだ。それが情報というものの性質だからだ。
(次回は5月9日掲載)