司馬遼太郎著『坂の上の雲』が2009年から11年まで足掛け3年にわたってテレビドラマの特別番組で放映された。明治維新で活躍した元老達が明治という近代国家の枠組みをつくり、20代の若者達が明治という近代国家づくりに邁進していく風景は現代の日本人に郷愁を感じさせる。そこには近代国家づくりに沸騰している日本があった。明治という時代は近代国家の創業期である。幕末の混沌期もそうであるが、明治という近代国家づくりの創業期には20代の若者達が目まぐるしく動き回っている。それほどに目まぐるしく動いて、色々なことを会得したからこそ、国家観・世界観・人生観といった哲学的素養を20代30代で身につけられたのだ。
創業期には20代の若者が活躍する場や機会が多い。創業期には枠組みは決まっているものの、どうやったらいいかが試行錯誤の連続なのだ。無我夢中で動き回って色々なことを身につけるには古い殻がじゃまになるから無垢な若者が似合っているし、精神的にも肉体的にも目まぐるしく動くには若者が似合う。だから明治という近代国家の創業期には20代の若者達が実務で大活躍をしている。
自動制御という概念が定着しだしたのは60年代だった。それまでは一部の機械にはメカ的に制御装置がついていたが、ほとんどの機械は人がモーターという動力を操作するものであった。したがって製造部門の技術者は機械課と動力課が中心であった。動力であるモーターが人手を介さず自動的に動いたり、止まったりすることが自動制御であるというところから自動制御の発展が始まった。
創業期の販売員は若かった。無我夢中で動力・機械担当間を動き回った。電気のこと機械のことを身につけていったのは勿論のことであるが、それ以上に創業期を担っていた多くの技術者達との深い接触は販売員に自動制御への大きな夢を抱かせた。もしも創業期に、ラッキーにも注文の出る顧客に恵まれていたなら案件を抱える顧客を回り商品に関する話をし、ほっとした息抜きに雑談をしかけるという現代主流の営業と同じように、率のない顧客対応力が向上しただけだろう。しかし、創業期の販売員は未成熟な市場の中にいたために、注文の出る顧客は限られていた。部品やコンポが使われている実例を発見すると、そのアプリケーションを大事に持って、見込み客開拓に走り回った。自動制御に関しては拙い知識しか持たない販売員は、まず大事に持っていた事例を見込み客にぶつけてみた。つまり現代流に言えば仮説の検証ということになる、現代ではその仮説の反応がイエスかノーかが焦点となり、イエスならば商談発生になって、ノーならば何か次の商品や他のアプリの話をすることになろう。
創業期の販売員は手探りであった。創業期の技術者達も、自動制御に関しては手探りであった。技術者も何かやってみたい気持ちで膨らんでいた。販売員は大事に持っていたアプリケーションがノーでも何かあるだろうという気持ちで見込み客の仕事内容を結構、根掘り葉掘り聞いた。何かやってみたい気持ちで膨らんでいた技術者はそれに素直に答えてくれた。こうしたことの毎日の積み重ねが「自動制御観」という感覚を磨いた。販売員は情報を取るのが商売だ。情報を取るには質問が要る。質問力はマニュアルでは育たない。つまり知識ではないということだ。販売員が自ら顧客と会話し学んだ経験が技術者の現場感と共有できるようになってくれば、デスクで学んだ薄っぺらな仮説検証質問をしてイエスとノーの反応を見るだけに終始することはなくなる。
(次回は10月31日付掲載)