混沌時代の販売情報力 黒川想介(97)

戦後、ドイツや日本は極度のインフレに苦しんだ。だからドイツではインフレを異常に嫌うし、日本でも経済を悪くするものとして悪視していたものだった。その後、成長を続けた日本では物価上昇は続いたが、インフレという文字がメディアに現れることはなくなった。

物価上昇はあったが、賃金上昇を伴っていたからである。その後、1990年にバブルを経験すると、日本は再びバブルによって起こったインフレを悪視し、鎮めようとして金融を引き締め、抑えすぎてデフレ経済に入った。失われた10年とか20年とか言われた時を経験して、昨今ではインフレは悪視されるものではなく、好景気をもたらすというイメージが定着している。それでも戦後やバブル期の後遺症を恐れて、インフレを警戒する論調も一部にある。

インフレは国民生活に弊害をもたらすものにもなるし、有益をもたらすものにもなるということだが、当然、インフレ率の問題である。市場に出回るお金が需要に比して異常に多ければ悪影響を及ぼす高インフレとなり、適正な量であれば経済は活性化する。簡単なようであるが、お金を市場に出す日銀の判断はむずかしい。お金という無機質の出し入れの問題ではなく、人々の意欲にかかわってくるからだ。

つまり物価の上昇に見合った生産性の向上意欲があるか、国民生活への付加価値の創出意欲がどのくらいあるのかにかかわっているからである。生産性の向上と国民生活への付加価値の創出ができないと、市場にお金を出しても土地などの不動産の高騰にお金が吸収されてしまう。日銀のこれまでやってきたデフレ政策は、成熟国になった日本では買う物が極端に言えばなくなり、お金を余分に出してもこれ以上の付加価値の創出はむずかしい。だから様子を見ながら、ぼちぼちやろうと思っていたのだろうし、日本の物づくりの生産性はかなり高いので伸びしろは少ないと思っていたのかもしれない。

一昨年から日銀は方針を転換した。金融を緩和し、お金を十分に市場に放出した。政府は成長戦略を取り、それらのお金を使いやすくした。そうなると今度は経済の担い手である国民の意欲と創意工夫にかかってくる。つまり生産性向上と国民生活への付加価値の創出である。成長期の日本の需要は旺盛だったし、日本の企業は旺盛な需要を供給するための設備を増やし、オイルショック以来、生産技術者を中心に生産性の向上を果たしてきた。需要の旺盛さや生産性の向上は賃金の向上につながって、適度のインフレがあってもインフレ感はなかった。現在、マクロ的には設備は足りている状態である。自動化をすべきところは既に完了した後にさらに高い生産性の向上を続けることができるのか、そして国内の需要がなくなったため外需に活路を求めていく従来の製品以外に、国民生活の質の向上をもたらす新しい内需の創出ができるかどうかが日本の国力にとって重要なことになる。言いかえれば、工業化を成し遂げて成熟国となってから長い踊り場にとどまっていた日本が、次の高みの成熟国に向かって自信が持てるかどうかである。誰かを頼みにするのではなく、輝かしい成長期のように一人一人が高みに向けて挑戦していたあの自信を持てるかどうかなのである。販売員も挑戦する一人なのだ。業界の販売員は潜在する需要を見つけたら、それが小さいものであっても新しい芽として育む努力がいる。開発設計や生産改革などの技術者とのコミュニケーションを深め、情報の質を上げるようチャレンジする販売員でなければならない。
(次回は1月29日掲載)

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