混沌時代の販売情報力、黒川想介(99)

商談が終わると「うちの工場を見ていって下さい」と言われる時がある。今ではこのような誘いも少なくなった。工場見学といえば、1990年以前にはひんぱんに行われていた。顧客側も見てもらいたい、営業側も見たいという意欲があった。この頃の販売員は、自分達が売っている機器や電気部品が製品や製造現場のどんな所に、どんな使われ方をしているのかを自分の目で確かめたいという好奇心があった。工場側では生産している製品に愛着をもって欲しいと思っていたし、苦労して自動化を推進している製造現場を見せたいという誇らしい気持ちがあった。

競争の激しい現代では秘密にしている部分も多いのであろうが、以前のようにひんぱんに工場見学する機会が減っているのはそれだけではない。販売員側で見たいという好奇心が薄れているからである。近頃の販売員は、工場の現場を目にする機会が少なくなった。以前は工場内の安全について現在ほどうるさくなかったので、販売員が工場内を通って工場の中にある技術室で打ち合わせをするようなことがたびたびあり、販売員は現場を目にする機会があった。そのため製造現場のイメージを持つことができた。だから知らない工場の現場を見たいという好奇心が自然と湧いて、商談後に見せてもらえないかと申し込む気持ちが形成されていた。現在の工場側では既に機械化・自動化ができ上がった設備を受けついでいるから、以前のように「うちの工場」という愛着も薄れている。

その他にも販売員と技術者との間は事務的になり、以前のように人間関係に裏打ちされた信頼関係も薄くなっていることも工場見学が少なくなった理由の一つである。

現代では確かに販売員が会っている技術者に工場見学をさせる権限がないのであろうが、以前も権限がない場合は少なくなかった。しかし面倒がらず担当部門に許可を取りに走ってくれた。現代ではそれほど親身に走ってくれることが少ないのは、人間関係に裏打ちされた信頼関係を築いている技術者と販売員が少ないということなのだ。

工場見学といえば、以前は販売店と商品メーカーの集まりには定番で行っていた。現代では会議・セミナー・ゴルフが圧倒的に多くなっている。それでも時折工場見学がセットされる。その際にどの工場も自動機械が物をつくっているところを見学するので、販売員達は足早に通過する。時々足を止めて見る所は決まっている。自分達の販売する機器や部品がどこについているかを確認するくらいのものである。かつての工場見学もどこに、どんな使われ方をしているのかを見ることは多かったが、それはそれで自分達の顧客に横展開をする勉強になっていた。現代ではそんな勉強をしてもあまり役立つことはない。

なぜなら大方の顧客の技術者は、その程度のアプリケーションを知っているからである。だから今日の販売員は工場見学の際にどこに、どんな使われ方をしているのかを見るのではなく、どこに、どこのメーカーの商品が付いているのかを見ているだけでいいことになる。

自動機や自動化に関して大方のことを知っている技術者にアプリケーションのヒントはいらないので、どこに、どんな商品が使われているかを見る工場見学はいらないのだ。しかし実際には工場見学は大いに必要だ。なぜなら工業化時代にでき上がった設備を装備する工場から、新時代に向けた工場に変貌する過程にあるからだ。そして何がどう変化していくのかを感じなければならないからである。(次回は2月26日付掲載)

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