インターネット時代の今日、スマートフォン(スマホ)の普及に想像を絶する”破壊的イノベーション”を感じるのは私だけではないはずである。スマホで急成長を遂げている中国の「小米科技(シャオミ)」を知らない人は少ない。2010年創業の新興企業シャオミが、アップル、サムスンに次ぐ世界第3位のスマホメーカーに踊りでた。創業4年足らずで1兆円企業になろうとしている。品質も高く、巨大企業を震え上がらせる価格戦略。SNS戦略を徹底し、広告費を全く使わず、中国版ツイッター「微博」などの口コミ中心に、10月発売の新製品「Xiaomi
Mi3」は、用意した10万台を販売開始からわずか1分26秒で完売したと伝えられている。
1年で1機種しか販売せず、しかも中国大陸市場だけで、ここまで成長するシャオミは、商品力もビジネスモデルも”破壊的イノベーション”の代表例である。
スマホが世に現れ、世界の景色が一変した。駅のホームでは電車を待つ多くの老若男女がスマホ操作に興じている。この景色は、今や世界共通風景である。パソコンですら、その地位をスマホに奪われようとしている。
20年ほど前、国際線ラウンジや飛行中の機内で得意気にパソコンを開いている米国人の姿に”IT時代の象徴”を感じたものだが、今やパソコン米国人もスマホ人間に変わってしまった。世界の洋の東西も温度差が薄まり、今はどこもスマホ社会、デジタル社会である。
一般社会でスマホによる劇的な変化が起きている一方で、製造業界の変化はどうなのか?
IoT/M2Mやインダストリー4・0など製造業の未来が解説されているが、中小製造業にも当てはまるのか?
今回は精密板金加工業界に焦点を当てて、ローカル製造業の再起動を考察する。
精密板金加工業界は、ニッチな業界である。加工された製品は、配電盤/制御盤、医療機器、工作機械、カバーなど、非常に広範囲な製品に使われるが、目立たない業界である。日本全体で年間4兆円程度の生産規模の業界に1万5000社以上の企業が存在する。従業員規模30人以下の企業が大半で、代表的なローカル企業が集積する業界である。この業界の特徴は変種変量生産で短納期が常態化しており、製造現場には卓越した熟練工がいることだ。個々の企業規模が小さいので、精密板金加工業界が話題になることは少ないが、この業界は20年以上前から最先端高性能マシンの普及とともに、ソフトウェアプログラム制御中心の”デジタル化”が普及した稀有な業界である。製造現場を視察すると一目瞭然であるが、町工場のなかでデジタル化やオートメーション化が非常に高い次元で実現していることに驚くはずである。変種変量生産のオートメーション化は決して容易ではないが、1日22時間以上7日間連続で稼働する機械も存在する。優れた熟練工も多くいるので、日本の精密板金加工は品質納期においてダントツの世界一水準である。
精密板金加工業界のデジタル化・オートメーション化は、数十年前から始まった。パソコンとシーケンサの結婚。WindowsNTも板金加工業界に劇的な革新を与えた。製造現場では(WindowsNTの)サーバーや現場端末が活躍し、多くの機械がネットワークで接続され、工場全体のネットワークも既に敷設されている。
20世紀から粛々と進めてきた精密板金加工業界のデジタル化・オートメーション化は、今後どこに向かったら良いのか?
デジタル化での自社の差別化は?など、多くの成功した経営者も、疑問と不安で夜眠れないでいる。
その理由は、精密板金加工業界の現状に即した将来ビジョンを明確に提示する企業が少ないことに起因する。3DCAD/CAM、3D―pdf、インターネット、ロボット、センサー、スマホ、近距離無線など、精密板金加工業界(特に中小製造業)を根底から支える有益新技術が山のように台頭しているにもかかわらず、これらの要素技術をどう活用したら良いか、が分からないのである。IoT/M2Mやインダストリー4・0の概念も抽象的であり、現状認識に即した提案はほとんどない。
中小製造業の経営者にとって、今日まで投資した設備はすべて自社の「財産」である。日本精密板金加工業界1万5000社に、10万台のパソコンと1万台以上のオートメーション用PLCが導入されている。NCも10万台近く設備され稼働している。これらのハード設備に加え、展開図などリピート加工に必要な情報も、総数で1億以上の電子データとして各社のパソコンのサーバーに保管されている。これらが全て財産である。絶対に捨てられない財産である。
今回は、精密板金加工業界を例に挙げてきたが、各業界には特有の歴史や経緯と現状が存在する。今後の新たなるイノベーションには、現状と将来技術との【インテグレーション】が必須である。各業界に精通した丁寧なインテグレーションがなくては中小製造業の将来像を描くことは出来ない。
各業界に共通する”製造業再起動の絶対条件の一つは、『徹底したデジタル化オートメーション化の推進』。これがグローバルな【成長エンジン】であることに疑問の余地はない。しかし、中小ローカル製造業再起動には、【成長エンジン】と同時に【差別化エンジン】が必要である。各社が保有する現状の財産が【差別化エンジン】となることを忘れてはいけない。
イノベーションとは時として”破壊的”である。技術革新によって過去や今日が破壊される例は枚挙にいとまがない。スマホの台頭も破壊的イノベーションである。
ローカル企業の再起動には、『破壊的イノベーション』は極めて危険である。現在保有する設備やデータや製造ノウハウを【差別化エンジン】として大切にし、【成長エンジン】としての”グローバル新技術”をデジタル的にインテグレーションし、現状の問題を解決するアップグレードを繰り返しながら、結果として世界的競争力を持つ『真のスマート工場』を実現することがローカル製造業再起動への道のりである。
次回は、真のスマート工場実現への足がかりとして、ドイツの提唱するインダストリー4・0が示す『サイバーフィジカルシステム(CPS)』を解析し、中小製造業での具体的実践について触れる。