人工知能が東大に合格する日が目前に迫っている。今の人工知能レベルは、偏差値47。全国の80%の私大に合格できるレベルに到達したそうである。ニューラルネットによる「新たなる進化」や「複雑なコトバを操る」人工知能開発も急速に進んでいる。この人工知能技術は、最新ロボットとして一般社会で報道され話題となっている。目、耳、口を持ち、人と共存するロボットが一般メディアで多く取り上げられるようになった。
製造業と人工知能。あまり一般社会では注目されていないが、製造業の発展にとって(人工知能は)極めて重要な技術であることに疑う余地はない。しかし、人工知能の台頭により製造業を支えてきた『熟練工=ベテラン』は不要となってしまうのか?
が業界内で大きな議論になっている。この答えは”チェス対戦の歴史”から見出すことが出来る。ここには、人工知能と人の能力の関わり合いが示されている。1997年にチェス世界王者のガルリ・カスパロフがIBMコンピュータに負けた。IBMが仕組んだこの大戦の結果に世界は震撼した。以降、人工知能は学習能力を身につけ、ますます賢くなっているが、現在は人工知能(コンピューター)だけでチェス優勝者になることはできない。人の能力だけでもチェス優勝者にはなれない。チェス優勝争いは、卓越した人間と人工知能がチームとなり、共同作業で戦う”チームプレー競争”となっている。
2045年に人工知能は”人間を超える”と予想されているが、それまでのこれから30年間の製造業は、”『熟練工=ベテラン』が人工知能と一緒に仕事する時代”であることを、チェスの実例が教えている。
精密板金製造業界で既に実現している人工知能活用の実態を紹介したい。精密板金製造業界でのベンディング工程(曲げ工程)は、折り紙に似ている。薄い鉄板を曲げながら、最終的な形状を作り出す作業は、折り紙のようにどこで曲げ、どの順番で曲げるか?を決めることがノウハウの一つでもあり、イメージを頭のなかで考えながら行う高度な熟練仕事である。
”曲げベテラン”と呼ばれる曲げ加工の熟練工は、長年の経験から曲げていく順番を判断する力を持っている。折り紙は手で折っていくが、鉄板を曲げるには高精度な機械と金型が必要である。何百種類の金型から最適な金型を決め、機械にセットし、CNCデータを計算し、イメージした曲げ順で機械を使って曲げながら、最終製品を作り出す。機械の操作にも熟練工としてのノウハウが必要である。チェス王者のように、何千何万通りの組み合わせの中から、たったひとつの答えを導き出す能力を必要とする、高度な仕事である。
当然、どこかを間違えれば、”オシャカ”。たちまち不良品となり、前工程からやり直しとなってしまう。”オシャカ”にならなくても、精度の良い最高の仕上がりをするための、曲げ順や金型を選択するのは容易なことではない。このような高度なイメージ決定を、機械の前に立ち、図面を見ながら、頭脳を使ってシミュレーションする。時には複雑でなかなかイメージできないものも多く、過去の失敗経験の積み上げから経験的に判断されることも多い。
精密板金製造業でのベンディング加工(曲げ加工)は、一般の社会ではあまり馴染みのない仕事ではあるが、日本には30万人以上の”曲げベテラン”が存在する。世界一の経験と技術技能をもつ熟練工の宝庫である。数においてもおそらく世界一であるが、その技術技能の力では、世界を完全に凌駕している。今日までの精密板金製造業界を支えてきた日本競争力の一端である。
人工知能が”曲げベテラン”の領域に台頭してきたのは10年程前からである。多品種少量生産が常態化し、段取り時間の削減と、曲げベテランの技術技能を伝承する若手人材の欠乏が業界全体の問題となってきたことが主たる理由である。
米国カーネギーメロン大学の人工知能研究室が開発したアルゴリズムが、”曲げの人工知能”普及のきっかけとなった。しかし、業界への普及は順風満帆ではなかった。当初、企業間の差別化がなくなる危惧をもつ経営者や、職を失う危惧を持つ熟練工の反対が強かったが、現在は相当高い水準で普及している。
現在の”曲げの人工知能”は、ベテランのノウハウを学習しながら、『曲げ順序、金型選択、CNCデータ』の決定能力を日々向上させている。人工知能は、数億通りの組み合わせの中から最適な一つの答えを瞬間的に導き出す能力を有しているが、やはり難解な時にはベテランのノウハウが必須である。ベテランと人工知能(コンピュータ)のチームプレーであり、ベテランのノウハウを伝承する最高の仕組みとしても活用されており、各社の”差別化エンジン”の役割を担っている。
人工知能の普及で、企業間差別化の喪失も曲げベテランのリストラも起きていない。インダストリー4・0(I4・0)のCPS(Cyber
Physical
System、サイバーフィジカルシステム)におけるサイバー(Cyber)とは、人工知能を始めとする”シミュレーション”と、世界を自由に行き来する”ネットワーク”による徹底的な”デジタルワールド”である。
現実社会(Physical)に存在する、”熟練工ノウハウ=アナログワールド”との融合が将来の製造業再起動の青写真である。青写真の実現イメージは”ドラえもん”である。未来と過去を行き来する”ドラえもん”。人工知能を駆使したシミュレーションは、時間を乗り越え『未来』が見える。
クラウドで管理されるビッグデータは、動画やマルチメディア情報を使って瞬間に『過去』呼び出すことが出来る。未来と過去を行ったり来たり。一方、ネットワークは世界のどこにも行ける”どこでもドア”。”ドラえもん”がいれば現実社会(Physical)にもたらすメリットは莫大である。
”四次元ポケット”から入る四次元空間が仮想工場である。現実工場は3次元空間。イントラネットとクラウドをつなぐゲートウェイが、”四次元ポケット”の役割を担う。”ドラえもんのポケット”からは、便利な加工支援が次々と飛び出してくる。最適な曲げ順序を教えてくれたり、組み立ての段取りや順番を動画で解説してくれたり……。マンガやアニメでもなく、夢の話でもなく、実現可能な製造業の未来像である。
I4・0のCPSとは、4次元空間である仮想工場(Cyber
Factory)と3次元空間である現実工場(Physical
Factory)を”ドラえもん”が行ったり来たりし、最適な現実工場運営を可能にするシステムをスマート工場と呼ぶのかもしれない。
(つづく)