第4次産業革命(インダストリー4・0)という『現代の黒船』が日本にやってきた。米国GEのインダストリアル・インターネットにも刺激され、日本でもこれらの動きを組織的に進める団体が活動を開始した。このポイントは、『つながる工場』の実現にある。「つながる」ことを実現する「標準化」活動であり、国家主導で最適な規格を作成する産官学一体の試みである。最近では、スマート工場とは『つながる工場』であるとの解説や、究極の1個生産体制が実現するのだ!との解説に注目が集まっている。
事実、先月(4月13~17日)ドイツのハノーバーで行われたハノーバーメッセの会場において、最大ブースを構えたシーメンスは、消費者の注文から即座にオーダーメードの香水を生産し供給するシステムを具体例として発表した。これが欲しいと消費者が望んだら、(マーケットと工場がつながっているので)1個でもすぐ作れる…そんな工場が目指す姿だ!!といったプレゼンである。今年のハノーバーメッセは6500の企業が出展し、あらゆる場所に”インダストリー4・0”の文字が躍り、前夜祭でのメルケル首相演説も多くの時間をこれに費やし、その充実ぶりに、ドイツの本気度が確認された。『現代の黒船』来航であり、日本の各企業にとって情報収集と対策が重要事項となっている。
『現代の黒船』に強い関心を寄せる”FA機器業界や半導体・電子部品業界や工作機械業界”とは裏腹に、日本の中小製造業界での反応は比較的鈍重であり『現代の黒船』と捉える中小製造業経営者はそう多くはない。その多くの理由は「関心はあるものの、なにかよくわからない」が本音のようだ。
ドイツでは「インダストリー4・0による製造業コスト削減効果は年20兆円に達する」とのBCG(ボストンコンサルティンググループ)試算も発表され、中小製造業においてもこれを将来の羅針盤として積極的な投資検討も始まっており、ドイツの経営者と日本の経営者との認識差は歴然である。
インダストリー4・0は、ドイツ提唱なので認識差は当然であるが、目指すスマート工場化が日本の中小製造業の将来に膨大な影響を与えることは必至である。スマート工場の神髄は、『つながる工場』に限定したものではないが、今回は『つながる工場』を深掘りしたい。
前回までのコラムで、スマート工場の神髄はシミュレーションとネットワークであることを提言してきた。日本の中小製造業にとっての『つながる工場』の実現はネットワークによって世界へのビジネス拡大に直結している。
インダストリー4・0は、標準規格作成に視点が置かれているが、ビジネスの視点から見れば、『つながる工場』の実現は、製造拠点を日本に持つ中小製造業にとってのグローバル戦略でもある。『世界中に市場を持ち、世界中に製造協力会社を持つ』”エンジニアリング工場”への改革を意味する。
今日までの製造グローバル戦略は、中国やアジアへの工場進出が中心であったが、昨今の様々な外部環境変化を背景に、海外進出に躊躇する経営者も多くなってきた。国内製造拠点が世界に扉を開く『つながる工場』に変身することは、時の利を得た真のグローバル成長戦略でもある。日本の中小製造業は、優秀なベテラン職人に支えられ、製造ノウハウが充実している一方で、デジタル化投資も積極的に行ってきた企業が多く、工場のインテリジェント化やオートメーション化が進んでいる企業も多い。
しかし、残念ながら現在の日本の中小製造業では、『つながる工場』を有する企業は稀である。その最大の理由は、(製造現場の優秀性から)3次元設計化が進まないことと図面管理システムや生産管理システムが各社独自のシステムとなっており、エンジニアリング工程の閉鎖性が主因である。
具体的事例として日本の中小製造業の3次元設計の実態が、この事実を端的に物語っている。意外なことに日本の中小製造業は、(世界と比較して)3次元設計CADの普及が遅れている業界でもある。自動車業界などの大企業では、3次元設計は当然であるにも関わらず、中小製造業での3次元設計の遅れは、3次元データでの受注が依然少ないこともあるが、2次元図面で受注した場合に、(3次元設計は行わず)2次元図面のままベテランが図面を見ながら製造データ(CAM)を作成し、2次元図面のまま現場に送り、現場のノウハウを駆使して最短時間で加工するのが日本式のやり方である。
また製品情報の管理においても大きな課題が存在している。本来、図面や部品表(BOM)などの重要な情報は、会社の資産として一元管理されるのが原則であるが、エンジニアの個人管理となっていることが多い。情報一元管理システム「PDM(Product
Data
Management)」を導入し、製品関連情報をすべて一元管理している日本の中小製造業は稀である。中小製造業では、3次元設計(3D‐CAD)と情報一元管理(PDM)の親和性の高さを最大限利用することが重要な要素であり、ここにクラウド技術を融合することで『つながる工場』の基本が完成する。
日本の中小製造業が本気で3次元設計と情報一元管理に取り組むことで、企業の未来が拓けてくる。
この取り組みは、今日までの”賃加工主体の下請け製造”から、設計要素を取り込んだ”エンジニアリング主体工場”への脱皮を意味する。現場ノウハウも”差別化エンジン”として経営に生きてくる。日本の中小製造業が、3次元設計と情報一元管理を実施し、生産管理との連携まで到達すれば、『つながる工場』の基本型は完成である。自社のノウハウで設計し生産する「ODM」への道が拓ける。「ODM(Original
Design
Manufacturing)」とは、委託者ブランドで設計・生産することを言う。世界中のメーカーから設計・生産(ODM受託)を受けることも夢ではない。世界のメーカーは、加工ノウハウを持つ日本の試作生産に非常に高い尊敬と関心を持っているのも事実である。日本の中小製造業には大きな可能性がある。
ドイツ提唱のインダストリー4・0への道のりはまだ長いが、日本の中小製造業のスマート工場への第一歩は、3次元設計「3D‐CAD」と情報一元管理「PDM」への挑戦である。
高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。