日本の製造業再起動に向けて 株式会社アルファTKG社長 高木俊郎 (8)

IoT(モノのインターネット)に注目が集まっている。5月28日にNHKが『クローズアップ現代』でIoTを取り上げ、コマツやアメリカのGEの取り組み、ドイツ政府によるインダストリー4.0(第4次産業革命)の政策などについて放映された。放映後に、私は、数人の中小製造業の経営者と『クローズアップ現代』の報道内容について意見交換する機会を得たが、「重要だが、自分には良く分からない」との感想が大半であった。

IoTとは、ICT業界で生まれた『バズワード』である。バズワードとは、主にICT関連業界に見られる流行語で、何か新しい重要な概念を表しているようだが、その実、明確な定義や範囲が定まっておらず、人によって思い浮かべる内容がバラバラであったり、あるいは宣伝文句的に都合よく引用される新語や造語のことを言う。

IoTやインダストリー4.0も、単なる『バズワード』であり、ドイツやアメリカの試みは失敗すると指摘する(少数の)専門家もいるが、日本企業の多くは、未来に与える影響の大きさを認識し、情報収集と対応策を積極的に模索し始めた。

しかし、日本の大手企業にとって、ドイツやアメリカの提唱を受け入れるのは容易ではない。大手各社は、”独自システム”を構築し差別化してきた。ドイツやアメリカの提唱は、企業連合体のオープン化思想である。日本の大手企業は、独自の技術を高水準で保有しており、オープン化を簡単に決断することは出来ない。世界から押し寄せる『現代の黒船』に当惑し、「時代の流れは認識している」と言いながらも、(本音では日本式の現状維持を願い)「事態の動向を見極める」といった見解を持って、様子見する傾向が強いのが、日本企業の標準的スタンスである。

『クローズアップ現代』では、「国際的に決められた統一規格に対応できない危機感を感じている」とコメントした富士電機の技術開発担当者の言葉が、日本中の大手技術者を代表する発言であると思う。危機感だけで積極的な戦略に欠けるのも共通項である。

IoTは、我々の生活を根底から変えていく。インダストリー4.0も『革命』といった大それた言葉が使われているが、製造業での劇的な変化であることを疑う余地はない。

産業の歴史は、水蒸気を動力とする工場の誕生から始まり、動力が水蒸気から電気に変わり、人海戦術がオートメーション工場に変化してきた。これからの工場が、情報をベースとする究極のデジタル工場(スマート工場)に向かって変化するのは必然のこと。この変化はこれから何年、何十年にわたって連続的に起きる未来である。企業は時代の変化に対応しなければならない。変化への対応は”広義のイノベーション”である。日本の産業界が、このイノベーションから脱落すれば、日本のモノづくりの未来は消滅する。

では、日本にはどのような戦略があるのか?

日本は、やはりドイツやアメリカに後れを取ってしまうのか?

日本は、やはりオープン化すべきなのか?

様子見で良いのか?

この答えを求めるためには、ドイツやアメリカがこだわる”世界統一規格”といったバズワードに惑わされず、”日本の真の強さ=中小製造業”に視点を当てた将来戦略を考える必要がある。

日本の中小製造業は、過去において(日本の高い電子業界の技術を背景に)優れたデジタル化やオートメーション化を実現した。PLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)やPC(パソコン)を機械と融合し、第3次産業革命と称されるオートメーション工場を構築し、日本のモノづくりは世界を席巻した。

日本のモノづくりは、大手製造業のみならず、中小製造業の強大な力の結集と言っても過言ではない。世界随一の熟練工によるモノづくりの誇りや、その仕組みは『アナログ力』である。アナログ力は、日本が持つ強力な”差別化エンジン”である。この”差別化エンジン”を失うことなく、『デジタル力』を強化し、デジタル力を”成長エンジン”とし、『双発エンジン』を持って日本の中小製造業の再復活を推進することが、真の”日本式インダストリー4.0″ではないだろうか。

ドイツやアメリカの提唱とは異なり、この実現には中小製造業の現場での(泥臭く面倒な)現有設備とのインテグレーションや、熟練工の技術技能の伝承の仕組みを開発する必要がある。

工場で捨てられているビッグデータの活用やインターネット&イントラネットの利用、人工知能の応用、CPS(Cyber Phsical System)の実現など課題は多いが、日本にはこれを解决する潜在的技術力が存在する。

日本の中小製造業にとって、ドイツやアメリカの提唱する世界統一規格とは無縁の世界である。中小製造業は、保有する機械やソフトそして従業員と主に、段階的にイノベーションを推進しなければならない。いきなり、IBMやSAPなどのシステムを導入しても使えないのが現実である。日本の中小製造業のイノベーション推進には、電子業界やソフト業界との協調体制が必須である。しかし、残念ながら大手企業には、この視点が極めて希薄である。中小製造業に視点をおいて(日本の中小製造業と一緒に)”日本式インダストリー4.0″を構築することに焦点を定めることが、日本の企業戦略であり国家戦略であると思う。

一方で、中小製造業のマインド変化に視点を移すと、最近になって強力な”経営革新戦略”を打ち出す経営者が増えてきた。かつての”海外進出模索”が影を潜め、徹底的に”国内自社工場を強化しよう”とする経営戦略である。

この一年で中小製造業を取り巻く外部環境が激変した。アベノミクス効果もあって、足元の受注状況は良好でも、大手製造業各社の好調な決算とは対照的に利益が増えない、熟練工の高齢化が進む半面、若年労働者の人材確保が極めて難しくなってきた、などの背景を踏まえながら、中小製造業は国内自社工場を最新鋭機で武装する一方、オートメーション化、クラウド化、そしてグローバル化を積極的に進めようとする戦略である。

“賃加工の系列下請け工場”から、グローバルに通用する”エンジニアリング工場”への脱皮を多くの経営者が熱望し、検討している。

日本の中小製造業再起動の時来たり。

ドイツやアメリカの提唱は『未来への羅針盤』であり、インダストリー4・0は日本に来航した『現代の黒船』である。日本の中小製造業は、『現代の黒船』をキッカケに、長年デフレと閉塞感に支配された時代を抜け出し、新たな未来を築く時が来ている。

日本の中小製造業は”時の分水嶺”に立っている。守ったら負ける。そんな時がやってきた。

高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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