ベンチャーへの期待が高まっている。しかし残念ながら、日本での起業環境には未整備な点が多く、日本のベンチャー創出は(欧米と比べ)圧倒的に遅れている現実がある。また、「日本の若者にはベンチャー精神が欠けている」との指摘も多く、事実、社会に巣立つ新卒学生は、安定志向が大勢を占め、ベンチャー志向の若者はかなりの少数派となっている。
一方、米シリコンバレーはベンチャー熱に沸騰している。ここに集まる世界中の若者や、ベンチャー企業で働く社員の意識は異次元空間。人種もモザイク模様だが、発想もモザイク。日本に閉じこもり「大企業は安泰」と考える若者の「金太郎飴感覚」では入り込めない社会でもある。
しかし、米シリコンバレーのベンチャー企業から誕生した新商品が世界中で売れ、パラダイムシフトが起こり、大企業が固守する(安泰なはずの)巨大なオールドビジネスが崩れていく現実がある。ベンチャーのイノベーションは、(PCやインターネットなど)時代の急速な変化を誘発し、従来ビジネスの常識をも根底から変えてしまう。シリコンバレーはまさに「破壊的イノベーション」の聖地でもある。
製造業の未来を左右する「インダストリー4.0」や「インダストリアル・インターネット」などの潮流も、米国ベンチャー発「破壊的イノベーション」が震源地となっている。 フィンランドのノキアをはじめ、世界に君臨した大企業が、ベンチャーによって歴史の舞台から姿を消した事例は、枚挙にいとまがない。日本でも大企業の多くが、ベンチャー企業の仕掛けた時代変化に対応できず苦戦を強いられている。時代の変化を巻き起こすベンチャー起業の成功が、未来社会に活力を与えることに疑いの余地はない。
若者が『希望と勇気』を持ってベンチャー起業する土壌の充実は、国の未来にとって非常に重要である。しかし日本にシリコンバレーが誕生するだろうか?
ベンチャーとは、ベンチャー技術・ベンチャー企業・ベンチャービジネスの略であるが、一般的には起業家『スタートアップ』を指す。日本の若者が、『寄らば大樹の陰』の安定志向を捨てて、リスクの高い『スタートアップ』に挑戦し、シリコンバレーの若者と同じ異次元空間で活躍をする時代が来るのだろうか?
日本は世界一安定した国家である。列島津々浦々に『安全と教育』があり、都市部のみならず地方にも雇用を創出するローカル産業が存在し、数多くの中小企業が地域に根づいた経営を行っている。日本には、狩猟民族的発想が少なく、村社会で、欧米的なベンチャー精神が育ちづらいのも事実である。
日本におけるベンチャーとはなにか?
欧米の価値観でのベンチャーの定義から離れ、中小製造企業のイノベーションに注目すると『日本式ベンチャー』の姿図が見えてくる。日本の中小製造企業には長年蓄積した(ベンチャー技術と呼べる)ノウハウがある。中小製造業のイノベーションの神髄は、現場に封じ込められたノウハウの『社有化』と『デジタル化』である。スマート工場化も必須であり、『つながる工場』『考える工場』の実現で、(ノウハウという)差別化を伴い『自社技術による世界への販路拡大』が現実化する。この成功は、『日本式ベンチャー』として、全世界に大きなパラダイムシフトをもたらすだろう。
中小製造企業から直接世界に輸出される『日本品質のモノづくり』が世界基準となり、世界のモノづくりに『破壊的イノベーション』を巻き起こす。シリコンバレーのような派手さはないが、これが実現した時の世界的影響は絶大である。この挑戦が『日本式ベンチャー』の一つの姿図である。この実現には、世襲経営者の資質とベンチャー魂が極めて重要である。日本は遥か江戸時代から何百年にわたり、世襲と終身雇用を続けてきた。欧米のベンチャー企業は、起業家と投資家との役割分担で急成長したが、日本の中小企業は、『世襲と終身雇用』という(世界に類のない)慣習があり、これを無視して『日本式ベンチャー』を語ることは出来ない。中小製造業での後継者選びは(時として)困難を伴い、企業存続をも左右する。創業者の大半は、既に引退したか、あるいは近々引退すべき年齢に達しており、多くの企業は『世襲』による経営継承が行われている。日本の中小製造業は、膨大な数の世襲経営者と(終身雇用の)有能で忠実な社員によって支えられていると言っても過言ではない。日本の活力が、中小製造業の発展に大きく依存していることを唱える人は多いが、日本の未来が、世襲経営者のベンチャー魂に依存していることを指摘する人は少ない。時として、2代目・3代目は攻撃力に劣ると言われるが、最近は優秀な世襲経営者が多く誕生している。デジタル化や国際化にアレルギーを持たない若い世代は、学ぶことによる理解力や国際的洞察力を持っている。蓄積された資産をベースに『世間知』と『実行力』を磨けば、シリコンバレーを凌駕するベンチャーも夢ではない。
時にはマイナス面も指摘される『世襲と終身雇用』を、日本の良き習慣として見直し、(彼らを指揮官に)中小製造業にベンチャーの嵐を呼び起こすことが、欧米や大企業が真似できない『日本式ベンチャー』の青写真ではないだろうか。
高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。