孫子の兵法書は現代の企業経営にとって大いに参考になるところがあり、多くのビジネスマンの人気の書になっている。この本は、紀元前中国の春秋戦国時代に書かれたと言われているので、二千数百年前のものである。それが現代でも通用するのだから単なるハウツー本ではない。
この本は13編に分かれている戦略・戦術の書であるが、戦う兵団の中に騎兵という兵種は登場していない。当時の中国の周辺には騎馬で戦う遊牧民がうろうろしていたし、同年代のアレクサンダー大王は中央アジアとの戦いで絶妙な騎兵の使い方を考案して大帝国をつくっていた。だから中国が馬を知らなかったわけではない。大将クラスの乗り物として使っていたようだ。時代は下って秦・漢の時代になると周辺の遊牧・騎馬民族との抗争が恒常化して、漢民族も騎兵を使うようになった。その時分から戦場では歩兵と騎兵の混成軍となった。時代が下って鉄砲が登場したが、歩兵と騎兵の混成軍で戦うことに変わりはなかった。大砲のような重火器の登場によって人が携行できなくなると、新たに砲兵という兵種が生まれた。それ以降の近代戦線では歩兵・騎兵・砲兵の3兵種で構成された軍団で戦うようになった。
現代の営業戦線では、個別配送の物流システムが構築されるまではエリア営業と、商品や顧客や業界をフォーカスしたフォーカス営業の2種で売り上げを拡大してきた。エリア営業とフォーカス営業は拡販活動をするのに市場に出向くことを主務とした。時代の経過とともに電話・ファクス・郵便メールといった通信手段を多く使うようになると、売り上げ拡大につなげるため、コール・メール・コールという手法を構築した。その担い手は当初、エリア営業とフォーカス営業だった。ユーザーへの情報提供や情報収集に効果が認められたため、コール・メール・コールの手法が従来の営業の手から離れて販売促進部門として独立した。この時点ではまだ販売促進のみを行うスタッフであって、売り上げを直接計上する営業部門ではなかった。コール・メール・コールのような販売促進のやり方が勢いをつけてくると、販売促進活動を請け負う会社が出現するようになった。時代を経て、個別配送低コスト物流システムが構築されると、販売促進部門はスタッフの役割から脱皮して売り上げを直接計上する通販営業となった。
近代戦線において大砲の威力はすさまじい。営業戦線では砲兵に相当するのが通販営業であり、一発のさく裂力に相当するのが通信手段である。大砲の威力が効力を発揮するには、火薬の量と狙った対象に命中させる必要がある。通販の通信手段も同様で、効果を挙げるには顧客や見込み客のデータ量とその信ぴょう性にかかってくる。砲兵が命中させるために敵の動きや距離の計測を常時やらなければならないように、通販営業も顧客や見込み客のデータを常に補正しなければならない。90年代後半から通信手段にインターネットが加わり、膨大な情報量をIT技術で処理できるようになった。通販営業の威力は大きくなった。
昨今、物流とIT技術に多大な投資をして設立した通販会社の勢いが日増しに強くなり、一般の営業会社に圧力をかけてきている。巨大な資本力で圧倒する通販会社に対抗するには、砲兵の弱点を参考にすればいい。砲兵は遠くの敵に威力を発揮するが、敵の歩兵が接近してしまえば無力となる。だから特にエリア営業は狙った見込み客や得意先に密に接近すればいい。接近の仕方は客によってまちまちであることは論を待たない。