■今こそ衆寡の用を知る 現状打破する弱者の戦略
孫子の兵法書に「勝と知るに五あり」というのがある。この「勝」は戦場における勝利の条件という意味で記してある。
その1は、前回述べた「もって戦うべきと、もって戦うべからざる者は勝つ」であり、しごくもっともなことである。その2は、「衆寡の用を知る者は勝つ」というものである。直訳すると、兵力が多いか少ないかで運用の仕方を知るということであり、これもしごくもっともなことである。
孫子がしごくもっともなことをあえて言うのは、人はしごくもっともなことができないことを知っているからだ。現代の営業戦線では、まさに「衆寡の用を知る者が勝つ」を心して聞くべきことが多い。
少し例を挙げて考察してみる。まず、営業マンの人数が少ないから売り上げが思うように上がらないと嘆く場面をよく耳にする。その嘆きを聞いてみると、販売エリア内には多くの見込み客と顧客がある。この人数では競合を意識しつつ売り上げを上げることは不可能だという言い分になる。
クラウゼヴィッツは戦争論の中で兵数に関して述べている。「戦闘における絶対兵数の優劣は勝利をもたらす、多くの要因のうちの一つにすぎない。しかし兵数の優勢が戦闘の結果を規定する最も重要な要因である」と。だから兵数以外の他の条件において相手より優勢な兵力を集めることが勝利をもたらすのだという。この決定的な地点を正しく判断した将軍は、クラウゼヴィッツが敬愛するフリードリッヒ大王とナポレオンだと言っている。
営業マンの絶対人数が少ないと思うなら、営業マンの配置、ミッションを巧みに運用し、決定的な地点、つまり決心したエリアや顧客商材に限定して、そこでは優勢になるようにすればいいということになる。
嘆く前に決定的な地点を見つけよ、ということだ。決定的な地点で勝利することが販売エリアの戦略の成果となり、以降の販売のエリア戦略がやりやすくなるのである。
また営業マンの多寡ではないが、販売コストが高いので負けてしまうという嘆きもよく聞く。
同じ商品を販売するのに安価であることは勝てる最大の要因である。メーカーであれば原価、販売店であれば仕入れ先との関係で商品の販売価格が決まる。だからメーカーは生産地を移してまで量産低コストにこだわる。販売店はできるだけメーカーからの1次商流を取るための努力をする。
このような考え方で営業をするのは強者の戦略であり、一見拡大戦略に見えるが、現状を維持しようとする戦略なのである。強者は他を寄せ付けない強さ、つまりこの場合は低コスト、低仕入れ価格で参入者を排除しようとするものである。一方、どうしても1個あたりのコストの高いメーカーや2次商流の販売店は、販売コストが高いと嘆く弱者であるから弱者の戦略をとらなければならない。
弱者の戦略は現状を打破する戦略である。販売コストが高いと嘆くのは、知らないうちに強者と同じ戦略をとっているからだ。同じ戦略をとれば負けて、結果的につわものが目もくれない客先に安住してしまう。そのような現実を打破するためにコストを戦略の中心に置かずに、サービスとか将来性のある市場や客に向かうことである。
実際、現状の営業には人数やコストのほかにも客にインパクトのある商品が出てこないとか、競合に負けない商品を作ってくれとか多くの嘆きが聞こえる。これらの嘆きは孫子のいう衆寡の用を考えれば解決するのである。特に21世紀に入り、それまでとは違う市場環境が形成されつつある。不連続な今こそ弱者の論理で「衆寡の用を知る」時である。