不連続戦線に異状なし 黒川想介 (39)

■上下の欲を同じくする横との関係が難しい日本
孫子の兵法書に「勝と知るに五有り」とある。前回までに「もって戦うべきと、もって戦うべからざるとを知る者は勝つ」と「衆寡の用を知る者は勝つ」の2項に関して考察してきた。3項目は「上下の欲を同じくする者は勝つ」である。これを直訳すると、上下が一心同体になり、同じことを欲すれば勝利するということになる。会社であれば、社長と社員、営業所であれば所長と所員であり、課であれば課長と課員というように、1チームのリーダーとメンバーの目標とするところが一心同体のように同じであれば、その目標は達成するということなのだ。

これも至極もっともなことである。しかし一心同体のように同じということは、リーダーが掲げた目標にメンバーは本気で納得するということだから相当に難しい。組織が大きくなると、方針や目標を出したからといって全員が納得するというのは至難のことだ。

だから大手の企業では、全員が納得できるであろう理念を持つ。その理念のもとに全員が働くことによって、ひとつになれるような組織運営がなされる。中小規模の会社では、理念に相当する社訓がある。理念や社訓は全体の中心力を高め、上下の一体感を図るものである。

会社の勝利の指標はB/S、P/Lや創業何年といった事業継続などで示される。その指標を支えているのは、現場での勝利である。課や営業所といった前線での勝利の積み重ねで会社の勝利は決まる。課や営業所のような営業の現場では、理念や社訓で一体感を作っているところはない。現場での一体感は勝利によって作られる。

昔は旅行や各種の行事などで一体感を作っていた。現在では、これが難しい。旅行や居酒屋、カラオケは好きな者同士でするものだという世代になっている。だから上下の一体感は、家族的な方法から戦場本来の勝利で作るのが一番なのだ。

勝利とは目標達成である。上位から与えられた目標にチャレンジをしなければならないが、目標達成へのプロセスは、現場が一体になれるようにアレンジすべきなのだ。できないからといって目標を変えるのではない。

例えば、上位からの売り上げ目標に対し、ある事情があるために達成しないだろうという場合、とにかくやろうでは一体になれないし、結果、できなければさらに一体感は遠のく。この場合にできない事情を除いた売り上げ数字を営業所や課内の目標としてメンバーと共有し、この屈辱を来期に晴らすために、顧客の中で多くの技術部門を持つ顧客をターゲットと定める。その上で自分たちの顧客となりうる製品設計者や情報技術者、製造技術者を何人開拓するという目標をプラスする。そうすれば、新規に開拓された技術者が来期以降に顧客として顧客層を厚くしてくれるから上位の思惑を逸脱してはいない。

「上下の欲を同じくする者」とは、現代の組織でいえば上司と部下の関係であるが、日本の場合は上下の欲より、横との関係が難しい。したがって現代流にいえば、「組織の壁を低くして欲を同じくする者は勝つ」ということを付け加える必要がある。

企業が成長すれば組織の壁も同時に成長する。創業者のような強力なリーダーがいれば、成長した壁を壊すことはできるが、強力なリーダーが不在であれば、分かっていても壁は壊せない。それぞれの組織の論理が優先されていくので、同じ戦場で戦っていても一体感を持った活動にならず、十分な力は発揮できなくなる。和の文化を持った日本では、上下の欲を同じくするよりも、横同士の欲を同じくすることに腐心する必要を感じる。

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