「川を上れ、海を渡れ!」という言葉がある。「川を上れ」は、時間の流れ。“歴史を遡って学べ”という意味であり、「海を渡れ」は、“世界情勢に目を向けろ”との意味だそうである。
今、中小製造業にとって最も重要な言葉ではないだろうか?
戦後70年に及ぶ日本の製造業は、日本独自のモノづくりで発展してきた。高度な日本語を使い、緻密な意思伝達をしながら、皆が一緒に力を合わせて試練を乗り越え、現場を大切にするモノづくりが日本の特徴である。この風土の中から、『インテグラル型(擦り合わせ型)』と呼ばれるモノづくりが開花し、日本は世界最強の製造国に登りつめたのである。
『擦り合わせ型』は、複数の部品を融合させて最高の機能を発揮する思想である。自動車に代表される『擦り合わせ型』モノづくりは、機械加工・プレス加工・樹脂加工・電気電子・ソフト・センサーなど様々な専門技術の微妙な擦り合わせで成り立つので、高度な打ち合わせや専門的な技術の深さに加え、熟練工の経験やアナログ的な勘所も要求される。
また、日本での『擦り合わせ型』モノづくりで忘れてはならないのは、大手を頂点とするピラミッド『系列』の存在である。『系列』は日本特有な組織体であり、大手とその傘下の中小企業群との間に、相互依存、共存共栄の関係を持つのが特徴である。企業間連携も強固であり、『垂直統合』と呼ばれている。欧米では『系列』の訳語がないので、『keiretsu』をそのまま使用することも多い。
『系列』と『擦り合わせ』は日本の遺伝子であり、自動車・カメラ・コピー機などMade in Japanブランドは、すべてこの遺伝子が生きている。
かつてのアナログ家電と呼ばれる、VTRやテレビやオーディオ機器なども、『擦り合わせ型』の傑作であり、小型の筐体にギッシリとつめられた日本製品は、メカ・エレキ・ソフトの融合芸術であり、世界中でもてはやされた。
しかし21世紀に入り、韓国・中国が台頭し、日本家電業界を襲う悲劇の幕が開いた。悲劇の原因の一つは、家電製品のデジタル化により、(日本が得意の)擦り合わせ遺伝子によるモノづくりが不要となり、デジタル家電のモノづくりは『モジュール型(組み合わせ型)』に軍配が上がった。
『モジュール型』とは、パソコンや携帯電話などに代表されるモノづくりであり、標準化された部品の組み合わせによって製品を完成させる方法である。『系列』を持たない韓国・中国のメーカは、『モジュール型』生産の大規模投資により『低価格』を実現し、超量産体制を確立し、市場に参入してきた。日本メーカは、このパラダイムシフトに対応できずに、たったの10年ちょっとで韓国・中国に敗退し、日本の家電産業は衰退し、見る影もない。
一方、国際社会では、米国・ドイツを中心とした戦後最大の潮流変化が進行中である。この変化を一言で表現すると、『製造拠点の国内回帰(リショアリング)』である。先進国へのリショアリングは、偶然起きた現象ではなく、各国の国益を目論む戦略であり、国際的な『製造業の覇権争い』が巻き起ころうとしている。
米国では、リーマンショック以降『金融の覇権』をしまい込み『製造の覇権』を国家戦略に据えた。この戦略を具体的に推進するイノベーションが、インターネットの活用『IoT』であり、米GEが『インダストリアル・インターネット』を旗揚げしている。
ドイツでは、周知の通り『インダストリー4.0』が国家戦略であり、中国でもドイツと手を組んで『中国製造2025』を掲げ挑戦を挑んでいる。各国ごとに定義や推進母体に多少の違いがあるが、本質的な戦略指向は一緒である。
2010年頃から米国・ドイツを中心にリショアリングの流れが加速している原因に、IoTの技術進化と併せ、『モジュール型(組み合わせ型)』の優位性が増していることが挙げられる。
日本が得意とする『擦り合わせ』が大きく幅を利かせていた時代には、米国もドイツも(日本を打ち負かし)製造の覇権を握る戦略など、考えも及ばなかったに違いない。
しかし、『モジュール型』モノづくりは、米国や韓国が得意とする方法であり、最近の流れが、彼らに大きなチャンスを与えている。特にインターネット時代を迎え、米国は『日本に勝ち、覇権を握れる!』と確信しているのである。職人の国ドイツにおいても、この点に気が付いて、『インダストリー4.0』を国家プロジェクトとして推進していることは、真に日本にとっての脅威である。
米国は、擦り合わせ遺伝子では日本に勝てないことを熟知している。自動車など、擦り合わせが重要な業種では、日本が依然として優勢であるが、新ビジネスモデルを組み込んだ『米テスラ社』などの電気自動車が主流となる未来社会では、自動車さえも『モジュール型』モノづくりに移行することが予想される。
デジタル商品の台頭により、商品のコモディティ化には一層の拍車がかかり、微妙な擦り合わせによる高度なモノづくりが不要となる。デジタル家電のみならず、多くの業種で日本の大手製造業が国際競争力を失っていくことが危惧される。
日本の中小製造業は、『系列』の中で幾多の試練を乗り越え、大手発注元の擦り合わせ要求や過酷なQCD(品質・コスト・納期)に応じて来た。その結果、日本では町工場に至るまで、世界最先端のレベルに達している。しかし、その優れたノウハウや技能・技術を外部に発信することもなく、誰にも知られず“死の谷”に埋没しているのも事実である。
中小製造業に戦略的な商人(あきんど)がいれば、優れたノウハウや技能・技術の『売る仕組み』を考えるに違いない。長年かかって作り上げた財産を“死の谷”に埋没させず、世界中にモジュールとして供給することが出来れば、中小製造業の輝かしい未来が開けるはずである。
高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。