■熟練工は、人工知能の『育ての親』である
2016年になって一般社会で、人工知能(AI)が突然注目されはじめた。囲碁勝負で、人工知能のAlphaGoが人間を破った報道がキッカケとなり、世界中で人工知能が話題となっている。最近では、人工知能に言及する政治家も多く、日本政府主導の推進プロジェクトも始動している。
先月高松市で開幕した先進7カ国(G7)情報通信相会合の議長を務める高市早苗総務相は会合で、人工知能の開発原則を研究するよう提案した。人工知能がさまざまな分野で活用され、経済成長の牽引役としての期待が高まる半面で、人工知能の恐ろしさも指摘されており、開発暴走を制御したいとの思惑も絡んだ提案である。
特に、人工知能の到達点『技術的特異点(シンギュラリティ)』の話が人々を不安にさせている。コンピュータの性能向上と一緒に進化する人工知能は、45年にはついに人間の知能を超えてしまう。これが技術的特異点であり、『人工知能によって人類が支配される恐れ』が叫ばれ、物議を醸す原因になっている。
確かにコンピュータの性能は『ムーアの法則』に従って、今後もさらなる高速化がなされるだろう。深層学習(ディープラーニング)の新技術が高速コンピュータに搭載されることで、人工知能が飛躍的に進化することに疑いの余地はない。
「人類が支配される恐れ」も恐怖ではあるが、もっと現実的な経営視点では「人工知能によって企業が支配されるのではないか?」といった恐れが浮かび上がってくる。
人工知能技術が一部に独占され、これに遅れた企業は一気に不利な立場に置かれるかもしれない。しかし恐れていては、何も始まらないので、企業経営の観点から、人工知能の積極的活用のメリットを探求し、具体的な活用の道筋を考えなくてはならない。
現在の人工知能の技術は、GoogleやIBMなど米国企業が卓越しており、日本ももちろん負けてはいられない。しかし、米シリコンバレーに集中する世界中の天才技術者と競争し、日本が人工知能技術で世界のトップに躍り出ることは決して容易ではないが、幸いに日本は『モノづくり国家』である。
『モノづくり』と『人工知能』は非常に調和が良い。工場で活用される人工知能は、組織や熟練工の持つノウハウを教科書として自らが学習するので、日本には人工知能の学習環境が整っている。ノウハウを武器として差別化してきた日本の製造業が、人工知能の『育ての親』となる。人工知能がノウハウを学び、熟練工の技能を未来に継承していく。少子高齢化の状況を打破する切り札にもなるのは必至である。『人工知能は日本で花開く!』と言われるゆえんである。
しかし世間の報道には、人工知能の近未来社会がSF的に描かれものが多く、人工知能の認識を全く違うものにしてしまっている。技術的特異点も30年も先のことであり、目前の経営戦略上は意味の無い議論である。空想と事実を混在せず、経営視点から見た『人工知能』を解析してみたい。
人工知能(ArtIfIcIal IntellIgent)という言葉は、60年前米国ダートマス大学での会議で生まれたと言われている。人工知能は過去60年の歴史の中で、さまざまなアルゴリズムが開発され、人類での実用が挑戦されてきたが、話題になったほどの成果は出ていない。
人工知能は過去60年の中で、2回の大きなブームが起きている。1960年代の第1次ブームと、80年代の第2次ブームである。そして今、第3次ブームが沸き起こっている。今回ブームが巻き起こっているのは、深層学習による大きな技術進歩により、その効果が誰の目にもハッキリ見えるからである。碁の勝負が好例である。
過去を振り返ると、第1次ブームは、鉄腕アトムなどのアニメ影響の〝話題〟で終わったが、第2次ブームでは実社会への応用も多く試みられた。
製造業では、精密板金業界向けに『曲げ工程の段取り』に人工知能が応用された。熟練工に代わり、最適な『曲げ順序や金型段取り』を決定する人工知能は、「ベンディング・エキスパートシステム」と呼ばれ、市場で大活躍した。20年以上も前に、人類初の製造業向け人工知能が市場に投入されたのである。
この初期型の人工知能は、米国カーネギーメロン大学の研究所が開発した基本エンジンを使用したものである。結果は上々で、一億通りの『曲げ段取り』の組み合わせから、最適値を決定する事に成功したが、組み合わせの膨大化を防ぐために、拘束条件(コンストレイント)を明確に定義する必要があった。また、当時の技術では、知識ベースの導入や学習機能は難しく、例外処理は全くできなかったため、決定成功率は最大80%にとどまり、熟練工の応援が必要であった。特に、最大の問題は『学習機能が無い』のでちっとも頭が良くならない点であった。
今日の新しいイノベーションは、『知識ベースを機械学習によって自動的に蓄積する』ものであり、深層学習という最新技術がこれを可能にした。これは、まさに大手製造業を始め、中小製造業・町工場の保有するノウハウを学習し、将来に継承する仕組みを人類が手に入れた事を意味する。人工知能は、この『曲げ工程の段取り』の例のように、限定的に使うことで即効的な効果が期待できる。
AlphaGoも碁に限定しているから効果が出るのである。汎用性では人間の足元にも及ばない。製造業にまだ優秀な熟練工がいる間に、例外処理は熟練工が行う『人工知能と熟練工との協調システム』が構築可能である。まさに今日の人工知能(特に深層学習技術)は、日本の製造業再起動のために待ちに待った技術であると言っても過言ではない。
次回からは、中小製造業での人工知能導入障壁について触れていきたい。
高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。