英国の国民投票の結果で、BrexIt(ブレグジット)なる用語が世界に定着した。「ブレグジット」とは、“英国のEU離脱”を指し「BrItIsh(英国:イギリス)」と「ExIt(離脱)」の2つを組み合わせて造られた造語である。「離脱決定」直後には、『大惨事だ!』と大騒ぎになった日本の世論も、株や為替がショックから立ち直るのを見て、『所詮イギリスのことだから我々には大した影響はない』と、早くも忘れ去ろうとしているが、「ブレグジット」はそんな単純なことではない。「ブレグジット」は、過去のベルリンの壁崩壊や、リーマンショックなどに匹敵する大事件であり、世界のパラダイムシフトを告げる象徴的事件である。
「ブレグジット」の背後には、『グローバル経済の崩壊』という地球規模の悪魔が潜んでいる。この悪魔は、欧州連合(EU)を崩壊させ、多国籍企業を弱体化させるエネルギーをも保有している。日本の大手製造業も悪魔の影響から逃れることはできない。
世界の経済は、1991年のソビエト連邦崩壊以降、アメリカ一極体制を背景にアメリカの論理が世界を支配し、多くの企業が『グローバル化』を掲げ、市場を世界に広げ、自由競争でパイを食い合う『大競争時代』に突入した。多国籍企業や大企業が膨大な利益を稼ぐ半面、世界中で富の格差が拡大した。一方では、テロの多発や難民問題が深刻化し、世界は不安定となり、『グローバル経済』を崩壊させる悪魔が現れた。今や悪魔の力は増大し、グローバル経済に暗雲が立ち込めている。強者であったはずの、多国籍企業や大手製造業は、世界の隅々まで進出した海外拠点を撤収する『グローバル化の巻き戻し』が始まり、企業の弱体化が始まろうとしている。
その原因のすべては、リーマン・ショックから始まる『アメリカの没落』である。アメリカが世界の警察官としての力を失ったことで、テロの脅威や紛争、難民問題が多発した。その結果、世界の形が『グローバル主義』から『自国中心主義』に変わろうとしている。
私は欧州を拠点に仕事をしてきた数年前から、肌感覚で『欧州連合(EU)』の矛盾を感じてきた。欧州連合(EU)は、グローバル社会の理想像として誕生したが、理想の維持はかなり難しい。英国は、矛盾のEUからいち早く離脱し主権を取り戻した。英国の経済衰退論を声高に報道する『日本メディア』の大方の予想に反し、イギリスは大きな経済成長のキッカケを掴んだのかもしれない。『グローバル主義』の後退で、経済成長は『中小製造業の盛衰』がポイントとなってきた。では、ここでイギリスの中小製造業との日英比較をしてみたい。
歴史的考察から始めると戦後のイギリスは、人手不足解消にかつての植民地から移民を集め、 工場労働者として採用した。この点が日本との最大の違いである。日本は戦後一貫して、外国人労働者には依存せず、熟練工を育成した。高度成長期の日本では、人手不足に対応するために、中小製造業・町工場も設備投資を積極的に行い、パソコンやNCによるオートメーション工場が誕生した。日本が世界に誇るのは『外国人労働者に依存せず、設備投資によって人手不足を解消し、第3次産業革命を実践したこと』である。
しかし、イギリスの中小製造業は、日本以上に元気である。日本では、大企業に比べ中小製造業の給与水準はかなり低いが、イギリスでは、大企業を凌ぐ給与を支給する中堅企業は珍しくない。イギリスでは、この30年間で中小製造業がかなり発達したが、その理由は、グローバル社会の自由競争に、自らが打って出る中小製造業が多く台頭した結果である。
また、機械・装置などの最新設備では日本より劣っているイギリスが、優れる点はソフトウェア活用による『エンジニアリング力』である。イギリスには中小製造業を対象とする『国産の優秀なソフトメーカー』も存在する。イギリスの中小製造業で働くエンジニア達は、コンピュータ・リテラシーが高く、3D-CAD化などエンジニアリングレベルは、遥かに日本をしのいでいる。大量移民がいるイギリスでは、熟練工が育つ土壌は少ないが、半面エンジニアリングが育ち、中小製造業でも第4次産業革命のイノベーションを受け入れる土壌がそろっていることが、大きな優位点である。
『ブレグジット』を成し遂げたイギリスの中小製造業が、EUの制約から解き放され、今まで以上に大きな成長を成し遂げる源泉力がここにある。イギリスと日本は対象的で、日本にはEUの拘束もなく、移民もほとんどいないし、シリア難民もいない。イギリスから見たら、日本の中小製造業は、垂涎(すいぜん)の的である。国民投票で勝ち取った夢。イギリスが望む理想の全てが日本にはそろっている。しかし、日本の中小製造業は、自らの欠点を、イギリスから学ばなくてはならない。
日本の中小製造業は、最新設備と優秀な熟練工を武器として、世界最高のQCD(品質・価格・納期)を持ちながらも、パイの食い合いは親会社に任せ、親会社からの発注に頼ってきた。世界的にグローバル経済の需要が縮小し、パイが食えなくなった親会社から『仕事が来なくなる時代の対応』を急がなくてはならない。イギリスの中小製造業のビジネスモデルこそ、日本の中小製造業が目指す将来戦略である。イギリスと日本の中小製造業が、お互いに足りない部分を学び合うことで、両国の経済成長は盤石となるだろう。
遠き昔の『日英同盟』の再来である。
している。さらに、今年から来年にかけて米国の展示会出展、18年~20年は米国・ボストン、英国・ケンブリッジ、米・西海岸にRBCの設置も計画している。
高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。