さて、それではIoT時代の企業情報システム像はどのようなものになるだろうか。矢野経済研究所では、それを次のようにまとめた。
ポイントになるのは、①CADからエッジ端末までを結ぶ横のラインと、②CADから生産機器などまでを結ぶ縦のラインである。言うまでもなく、①がインダストリアル・インターネット、②がインダストリー4.0で主に取り上げられているものである。
矢野経済研究所では、ITベンダーの製品戦略や買収戦略から、この2つをつなげるのは、開発・設計を担うCAD分野にあると結論づけ、システム像をまとめた。
キーワードは、工場と製品の“デジタルツイン(電子的な双子)”
次世代ものづくりとして全体に共通する新しいコンセプトとして、押さえておかなければならないものに「デジタルツイン(電子的な双子)」がある。これは、工場・製品について、全く同じものをディスプレー上に再現できることを指し、リアルな工場や製品に対し、デジタルで構築された双子という意味でデジタルツインと呼ばれている。
デジタルツインの概念は2003年に登場したといわれているが、このコンセプトは、①実世界における物理的な製品、②バーチャル空間におけるバーチャル製品、③バーチャルと物理の両方を結びつけるデータや情報 の3つで構成されるものである。
ここでバーチャル(virtual)の意味について触れておくと、日本語訳では、特にIT関連においては通常「仮想」を当てることになる。クラウドコンピューティングの登場とともに仮想化(virtualization)という言葉が当たり前になり、また仮想現実(Virtual Reality)などもある。
しかし、バーチャル製品を「仮想製品」とすると、あたかもこの世にないような製品を想起させる(「架空」に近しい意味)場合があるが、それはデジタルツインを語る上で正しくない。バーチャルの意味は、「実質上の、事実上の」というものであり、解釈すれば、“それ自体ではないが、極めて似ており、ほとんど同じものとみなせる状態”とでもいうものだろう。
よって、ここでいうバーチャル製品やバーチャル工場は、現実にある製品や工場と、うりふたつのデジタルで描かれたもの、という意味で使われている。
IoTによる製品設計・生産準備の高度化(コンカレントエンジニアリングの実現)
デジタルツインが重要になる理由は、現在の製造業の設計開発手法が、まさにそれを実現するツールを欲しているためである。
ここにはシステムズエンジニアリング、モデルベース開発、1DCAEなど開発・設計に関わる全般的な概念およびツールを含んでいる。
システムズエンジニアリングとは、機械や電子回路、組み込みソフトウエアなど、ものづくりに必要な要素を同時並行的に設計していくことを指している。現代のものづくりはシステムが大規模化・複雑化しているが、エンジニアは機械工学、ソフトウエア工学、制御工学などとそれぞれ専門分化しており、複雑化した全体を俯瞰することが難しくなっていた。これをサポートするのがシステムズエンジニアリングである。
システムズエンジニアリングには、モデルを用いて進める方法があり、それはモデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)と呼ばれている。MBSEは構想設計とも呼ばれており、基本概念をトップダウンで描き、製品の構造や動的な振る舞いをモデル化(図式化)し、開発の全行程において、このモデルを用いてシミュレーションを繰り返し、効率的な開発(モデルベース開発)を目指すものである。
こうした取り組みにおいて、1DCAEやモデリング言語による設計、あるいはソフトウエアと実機を含めたシミュレーション(HIL=Hardware?in?the?Loop)などが利用されてきている。これらは過去においては実現困難であったが、最近になって、開発現場で運用されるようになってきた。
『2015 IoT時代の製造業ITソリューション −インダストリ4.0など次世代ものづくりとITベンダの戦略−』(矢野経済研究所 180,000円)より一部転載
■矢野経済研究所 主任研究員 忌部佳史
2004年矢野経済研究所入社。情報通信関連の市場調査、コンサルテーション、マーケティング戦略立案支援などを担当。現在は、製造業システムなどを含むエンタープライズIT全般およびビッグデータ、IoT、AIなどの先進テクノロジーの動向調査・研究を行っている。経済産業省登録 中小企業診断士