【提言】〜【インド・タイ海外交流視察を終えて】 『IoT』と『茹でガエル』〜【高木俊郎】日本の製造業再起動に向けて(22)

日本の中小製造業は、グローバル化による大手系列崩壊と第4次産業革命の進行により、歴史的なパラダイムシフトの渦中にあると言っても過言ではない。経営者にとっては、このパラダイムシフトの波に乗り、新たなビジネス環境への対応が求められるが、続々と誕生する新技術や、ビジネス環境の変化を正確に把握し、正しい経営判断を導き出すことは容易ではない。ちょっと油断すれば『茹でガエル』の危険がはらんでいる。

『茹でガエル』とは、ビジネス環境変化に対応することの重要性、困難性を指摘するために用いられる警句の一つであるが、残念ながら中小製造業の一部にこの兆候が見受けられる。第4次産業革命の本丸とも言える『IoT』による環境変化は中小製造業をも直撃する大革命である。好むと好まざるとに関わらず、中小製造業にも大きな影響をもたらしているが、意外なことに中小製造業経営者の『IoTやインダストリー4.0』への関心は、比較的鈍重である。なじみのないことには目を覆い、日常業務に忙殺される経営者に、『茹でガエル』が忍び寄る。
これを防止する特効薬の一つは、経営者自らが日常の仕事を離れ『海を渡ること』である。海を渡るとは、文字通り海外を知ることである。海外のビジネス事情を視察し、日本との温度差を知ることが、思いの外『茹でガエル』防止に役立つのである。
10月上旬に、当社(アルファTKG)主催の『インド・タイ海外交流視察』が行われ、日本の中小製造業経営者が数多く参加したが、やはり『海を渡る効果』は大きかった。アジア社会の研究機関と製造現場の取り組みを知ることで、『IoT』のもたらす破壊力を肌感覚で感じ取ったはずである。衝撃を持って体感した肌感覚がキッカケで、世界のイノベーションに敏感になり、今後の情報収集や経営判断に大きく影響していくと思われる。そこで今回参加した経営者の感想を基に、ツアーの一部を披露したい。
今回のツアーは、当社が開催した『国際セミナーへの参加』がメーンイベントであった。このセミナーは、インドバンガロールで開催され、インド工科大学や著名大学の教授陣が多数参加した。産業界からは米国・シンガポール・インド各地の企業経営者や独ボッシュの研究員が参加し、インダストリー4.0をテーマとするセミナーが熱気を帯びて行われ、非常に注目を集めた。注目度が高かった理由の一つは、日本の中小製造業経営者が多数参加したからである。
日本とインドでは、さまざまな経済プロジェクトが始動しているが、政府が推進するプロジェクトでの日本参加企業は大手企業が中心である。今回のように中小製造業が参加し、インダストリー4.0をテーマとするセミナーは、インドでも前例がなく、現地テレビや新聞社も取材に来るなど、注目度の高いセミナーとなったのである。
日本からの参加者も沢山の衝撃を受けた。インドのTOP大学を中核に、『IoTやインダストリー4.0』 の開発と応用に、国境を超えたメンバーが集結し、想像を超えるレベルと熱意を持って実行されている姿を目の当たりにしたからである。また今回のツアー期間中、日本の参加者は現地有力企業を数社視察した。特に印象的だったのは、たった創業10年間そこそこで、株式上場を果たしたアジア最大(おそらく世界最大であろう)の精密板金工場、タイ・ジンパオ社であった。『ぶったまげた、こんな会社があるのか、これでは日本は完全に負けてしまう』等々、広大な敷地と工場に据えられた無数の機械や自動化システムに加え、IoT化されたソフトやシステムは日本の数段上を進んでいる。親会社には、エアバス社を始め国際的な超大手企業が名を連ね、そのサプライヤーとしての技術水準も世界最高水準を誇っている。『すべてが日本を超えているかもしれない』という恐怖感さえ襲ってくる。これらのセミナーや工場見学で受けた衝撃こそが、目の前に現れた『アジアのイノベーション』の現実である。
このツアーは終始一貫、共通テーマが『IoT・インダストリー4.0』であった。参加者はこのテーマに積極的に取り組んでいる経営者の集団であるが、ツアーの最初の頃は『IoT』のイメージもふぞろいであったのが、数々のイベントを重ねるに従い、イメージ作りが進行した。ツアーの最後に皆で『IoT』のイメージを語り合っている最中に、1人の経営者が突然『〜男と女のあいだには、深くて暗い川がある〜』と加藤登紀子の『黒の舟唄』を歌いだした。その意を問うと、その経営者は『現実社会(Phisical)と仮想社会(Cyber)の間に、深くて暗い川があり、まさに男と女。IoT(モノのインターネット)は、それをつなぐ道具だよ』と答え、続けて『セミナーに参加して、イノベーションの中心は“仮想社会”であることがわかった。自分の工場にも“仮想工場”は必須だが、“現実工場”と、どうつなぐかが課題となるだろう。〜深くて暗い川〜。それをつなぐ“IoT”が決め手だよ』と解説してくれた。皆で一緒に歌いながら、『ものづくりIoT』のイメージが共通化されたのである。短い期間に、IoTの本質を見抜く経営者の肌感覚に心底感銘を覚えた。このような経営者には、『茹でガエル』は無縁である。
高木俊郎(たかぎ・としお) 株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

 

高木俊郎(たかぎ・としお)

株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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