アルファTKG「トランプ時代の世界経済とものづくり」高木 俊郎 代表取締役社長 

グローバリズム崩壊で日本の時代が到来 英国EU離脱、米大統領選…昨年は「まさか」の年

あけましておめでとうございます。

昨年は「まさか」の年であった。6月の英国のEU離脱に続き、11月米大統領選の「まさか」は世界を震撼させた。米国のCNNなど一流メディアや一流コメンテータは、考えられない結果に当惑し、「大衆迎合だ」とのコメント報道が精いっぱいで、その狼狽ぶりを世界中に暴露した。

米大統領選以降も「まさか」は世界中に伝搬し、地殻変動が続いている。イタリアではレンツィ政権が倒れ、オーストリア・ドイツ・フランスでも極右勢力が台頭した。

日本では、以前より「トランプは危険だ!」のイメージが強く、トランプが当選したら日本はヤバイ、「超円高・株安がやってくる」といった報道が繰り広げられたが、この予想もすっかり外れ、蓋を開けてみれば、市場ではトランプの財政施策による「トランプ効果」で、世界同時株高に湧き、日米金利格差拡大も追い風となり想像を超える円安となった。

経済界ではトランプへの期待感を強めているが、楽観的な話でなく、昨年の「まさか」から始まった世界の地殻変動が日本を直撃していることを忘れてはならない。

トランプ当選は11月9日であったが、ベルリンの壁が崩壊したのも11月9日である。27年前には11月9日をキッカケに、共産主義諸国が次々と倒れ、世界の姿が一変した。昨年11月9日トランプ当選のマグニチュードは、ベルリンの壁崩壊に匹敵し、世界の姿も日本の姿も大きく変わっていくだろう。

1「まさか」の本質 大衆不満のマグマ グローバリズムの崩壊

「馬脚を現す」という言葉があるが、トランプ当選の「まさか」は、米に潜む大衆不満が馬脚を現した結果である。この大衆不満マグマの爆発が、「まさか」の震源地である。

マグマの爆発の原因は、「グローバリズムの疲弊」が根底にある。「グローバリズム」は、1980年代後半より米国が主導し日本を含む世界中の経済を支配した。日本の大手企業も、そろって「グローバル化」に傾注した基本的な思想である。政府は市場に干渉せず、企業の自由競争を促す「新自由主義」が根底にあり、規制緩和により国境を超えたヒト・モノ・カネの自由な移動を促すのが、グローバリズムの基本思想である。

20年以上に渡るグロ-バル化により、世界経済は発展しグローバル企業が膨大な利益を稼いだが、一般国民に富は配分されず、格差が拡大した。グローバル化に深刻な後遺症が生じたのである。昨年6月の英国EU離脱の「まさか」も、11月の米国トランプ当選の「まさか」も、グローバル化の後遺症が発症した結果である。

英国では、EU連合という理想的なグローバリズムがもたらす自由化により東欧移民が殺到し、移民に職を奪われ、EUに主権を奪われた国民の不満が爆発した。米国では、グローバル化による製造海外シフトで国内が空洞化し、貧困にあえぐ米国白人の不満が爆発した。「グローバリズム」に対する大衆の反逆こそが、「まさか」の本質である。

大衆の反逆が見事に成功し、世界の覇権国家米国にトランプ氏が大統領となって「反グローバリズム政権」が誕生したのである。歴史的な大事件である。2017年に、全世界の潮目が大きく変わることは、間違いなさそうである。

2 日本の「まさか」 20年間伸びないGDP

グローバリズム負け組の日本

過去20年間の経済活動の成績で、日本は厳しい結果となった。先進国では英国、米国、ドイツは勝ち組、日本は負け組である。20年に亘りGDPが伸びなかった先進国は日本だけである。

グローバリズム台頭の1980年代以前は、国民中心主義の経済概念が世界を支配していたが、これは日本に非常にマッチしたものであった。日本国内に錨を下ろした「ものづくり」は世界を席巻し、全世界GDPの20%を占める経済大国であったが、現在は5%そこそこまでその比率を下げ、もはや世界の一流国から脱落しそうな気配である。日本の「まさか」の脱落は、バブル崩壊とそれに続く「グローバル化」が原因である。

1990年台後半から日本の大手製造業は、そろって「グローバル化」に経営の舵を切った。かつての国内市場でのシェア争いから脱皮し「世界市場に打ってでよう」と、日本から錨を上げ世界に翼をひろげる「グローバル経営」にシフトした。バブル崩壊や円高進行、内需縮小を背景に、海外に工場進出し、ヒト・モノ・カネの海外投資が始まった。

大手製造業の中には、グローバル化を盲信した企業も多い。米国の経営システムや考え方を模倣し、利益中心主義を美徳とし、日本古来の秩序や哲学をことごとく否定し破壊した。

20年以上が経過した今日、「まさか」のグローバル化による疲弊が日本企業を覆っている。日本大手製造業は、一部の業界を除き、グローバル化による成功事例は少なく、グローバル化を高らかに叫ぶ企業には、社風の悪い会社が多い。

苦労して海外進出しても、新興国で成功した例はほとんどなく、虎の子の技術を吸い取られ、裸一貫で逃げ帰ってきた企業もまれではない。日本人は、グローバリズムに最も不向きな民族であり、グローバル化の負け組に日本が名を連ねている。

3 トランプ時代の世界経済 日本に好機到来 国民中心主義の再復活

トランプ時代の世界経済は、グローバリズムが後退し、再び国民中心主義が中心となる。日本は、国民中心主義では世界最強国である。日本人の持つ「協調と団結の遺伝子」や「日本語の力」を背景に、日本列島は見事に秩序正しくまとまることができる国家である。

日本にとって苦手な「グローバリズム」の後退は、奇跡と呼べる福音であり、日本の強みを生かす潮目の変化がやってきたといっても過言ではない。

27年前に起きた世界の地殻変動は、ベルリンの壁を取り外すことから始まったが、今回の地殻変動は、トランプ氏が中心となって、壁を作るところから始まるだろう。米国では、目に見えない壁が構築され、国内重視の方針からの製造回帰が強まり、公共投資などの財政出動から、米国の国民中心主義による強い米国への変貌が始まる。

この米国の流れは世界中に伝播するだろう。グローバリズムは影を潜め、各国が壁を作って自国の国民中心主義となると思われる。国民中心主義は、決して保護貿易による貿易の減少(スロートレード)をもたらすものではない。関税は、2国間協議で決めれば良いので問題はない、とトランプはいう。

日本にとっては、奇跡の吉報である。日本の政府が、トランプを見習って国内への投資、すなわち巨額な財政出動・公共投資に踏み切れば、内需が湧き上がり、日本経済の再起動はたやすい。米・英と違って、日本には移民問題もないし、グローバリズムと反グローバリズムの対立もない。また、日本は中小製造業の集積国家である。海外にシフトした大手製造業を除けば、日本列島津々浦々にヒト・モノ・カネのものづくり経営資源が温存されている。

また、少子高齢化の現実をプラスに捉え、内需に視点を置き換えれば、高齢者向けサービスや商品の需要は膨大にあり、日本がハイテク福祉国家として世界をリードすることができる。

反グローバリズムによる「国民中心主義」の台頭で、日本は再びものづくりの最強国に再復帰できるビッグチャンスがやってきた。

4トランプ時代のものづくり摺り合わせ よみがえる日本人のものづくり

グローバリズムは、1986年に英国での「金融ビッグバン」と呼ばれる金融規制緩和が源である。かつての世界経済は日・米・欧、先進国10億人の市場競争であったが、その後のベルリンの壁崩壊によって、旧共産主義諸国が市場参入し、60億人の巨大市場と大競争時代が幕を開けた。安い労働力を背景に、低価格商品が世界を席巻し「価格破壊」の勢いが世界を直撃した。新興国を中心に、「組み合わせ型」と呼ばれるモジュール生産方式が確立され、韓国・中国などが彗星のごとく台頭し、日本の家電大手企業が、次々と負けていく姿を、我々日本人は見続けてきた。

新興国の台頭による国際水平分業や製造設備の高度化の結果、工業製品のコモディティ化(※コモディティとは、日用品のように一般化し品質での差別化が困難となる製品やサービスをいう)が顕著となり、価格破壊が進行した。品質と機能を重視する日本企業にとっては、逆風であったが、価格破壊もこれで終止符を打つだろう。

米国の製造回帰の流れで、グローバル化の代名詞「国際水平分業」は破壊され、モジュール生産方式の継続は難しくなる。この流れは、真に日本にとってのビッグチャンスである。

日本企業では、モジュール生産方式や国際水平分業があまり成功していないことが幸いする。日本古来のものづくり遺伝子は、「摺り合わせ型」である。世界の新潮流は「モジュール型」が後退し、「摺り合わせ型」が再び脚光を浴びるであろう。日本のものづくりが再びるチャンスが到来した。

5 トランプ時代のイノベーション 人手不足の日本

IoT、人工知能は日本で花開く

日本では、完全雇用に近い低失業率が続いている。特に若年労働者の失業率は極めて低く、世界に類を見ない「まさか」である。GDPが伸びず長期デフレ基調の日本で、完全雇用という「まさか」の現象が起きている。その原因が、生産人口の急速減少であることは疑う余地はなく、これが日本の現実である。

業種によっては、深刻な人手不足が企業存続を脅かしており、移民による労働人口増加も検討されているようだが、移民で解決できるほど簡単な問題ではない。多くのメディアは「人口減少で日本に未来はない」と報道しているが、ポジティブ発想で考えれば、日本が直面する「人手不足」の現実こそ、日本のものづくり再起動の原動力となるはずである。生産人口減少こそが日本経済の最大のチャンスと捉えることができるのである。

トランプ時代のイノベーションは、IoT/インダストリー4.0であることは明白であるが、インダストリー4.0を提唱するドイツの思想は、「グローバリズム」に立脚したオープン思想が根底にある。国際水平分業にはオープン思想は非常に重要であるが、日本にはなじまない。

日本でのイノベーションは、「人手不足解消」という明確な目的を持つことで、世界に先駆けた「IoT/インダストリー4.0のイノベーション」が実現する。IoTは労働力不足を解消する伝家の宝刀である。日本ほどデジタル化・自動化に本格的に取り組む環境が整っている国は他にはない。熟練工に恵まれた日本で、人工知能が花開き、生産人口減少を補うサポータとしての人工知能が大活躍する時代が、そこまでやってきている。

6 トランプ時代の成長戦略 上りエレベータ

日本のまさかのチャンス

国民中心主義に潮目が変わるトランプ時代において「グローバル化」による成長戦略は、既に時代遅れとなった。トランプ時代において、グローバル化は「下りエレベータ」。国際化が「上りエレベータ」である。「上り」に乗る3つの条件を列挙し、本稿の締めとしたい。

①レガシーの再認識
レガシーとは直訳すれば「遺産」。過去先人が作り上げた企業文化や企業の歴史再認識が「上りエレベータ」の入り口である。グローバル化の旗印のもとで、レガシーを忘れ、雰囲気の悪くなった企業も多い。これが反面教師であり、「下りエレベータ」の象徴である。

②アイデンティティーの重要性
国際化とは、日本人、日本企業であることを明確にすることである。小学生からの英語教育も重要だが、優秀な国際ビジネスマンとは日本語・日本の歴史・日本の文化に熟知し、日本人のアイデンティティーとプライドを強く持った人々である。トランプ時代の「上り」は、アイデンティティーを失ったグローバル化ではなく、日本人の魂を持った国際化がパスポートである。

③IoTイノベーション
イノベーションなくして「上りエレベータ」には乗れないが、ドイツのオープン化を唱えるインダストリー4.0の思想は、トランプ時代では「下りエレベータ」の象徴となるだろう。オープン化は、グローバリズムに基づく国際水平分業をベースにした思想であり、新しい時代の必須条件ではない。日本製造業の「上りエレベータ」は、人手不足解消のためのイノベーションである。オープン化に惑わされず、レガシーを大切にし日本の熟練工アナログ技術とデジタル技術の融合を図ることが真の日本式インダストリー4.0である。

2017年は、「まさか」の現実化により新しい時代が始まるが、日本の製造業にとっての奇跡のチャンスの訪れである。「To be changed, Not to be changed」日本はものづくり遺伝子を持つ国家である。「変えていくもの、変えてはならないもの」を再認識する時である。

◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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