ルネサスエレクトロニクスやジャパンディスプレイへの出資など「業界再編」のイメージが強い産業革新機構だが、実際は投資件数ベースで8割弱をアーリー/ベンチャー企業に振り向けているベンチャーキャピタル(VC)の側面を持ち合わせている。基本理念に「オープンイノベーションを通じて次世代の国富を担う産業を育成・創出する」を掲げ、最近は産業用3Dロボットビジョンシステムを手掛ける三次元メディアや、減速機のハーモニックドライブ、三次元制御ソフトウェアのリンクウィズなどに出資を行い、生産技術領域への投資も活発に行っている。戦略投資グループの丹下智広ディレクターに話を聞いた。
-VCや新規事業に対する投資業務も主体と伺いました
官民共同出資ということもあることからか、誤解されている人が多いのですが、当社は「再生」を意味するような企業救済は行わず、成長投資に充当する案件への投資を行っています。成長分野にリスクマネーを供給するという趣旨のもと、ベンチャー企業にも多数出資をしています。09年の設立当初は大企業の事業切り出しや海外進出の支援案件が多かったのですが、13年に大幅な組織再編があり戦略投資グループが出来てからは、投資インパクトを持つベンチャー企業を中心に新事業への投資が増え、現在では、大企業からの新規事業のスピンアウト案件も増えてきています。
-民間のVCとの違いはどこにありますか?
大きな違いは「投資インパクト」という評価軸があることと、比較的大きな資金量を投下し収益化までの時間がかけられることの2点です。一概には言えませんが、一般的なVCは、できるだけ短期間に大きな見返りを期待して投資を行う構造的な性質があります。そのため、優れた技術があり、実現可能性や社会的意義が大きくても、例えば、ものづくりのような大きな資金が必要で収益に至るまでに時間を要する案件は投資が難しいことがあります。当社は全体で約2兆円の投資能力を有し、15年間の時限立法(2024年まで)の官民出資ということもあり、必要資金を投資して事業が立ち上がるまで支える長期スパンでの投資が可能です。
また、当社は事業計画や収益性も精査しますが、技術投資に理解がある当社担当者が主体となって、そのままだと無くなってしまう技術シーズを引き上げる投資をします。当社が協力することで、技術やアイデアを組織や会社、そして分野の枠を超えて連携し、オープンイノベーションが実現できます。このような投資が最終的には企業の成長につながり、産業として定着し、社会的ニーズに応えることができると考えています。誤解を恐れずにいうと、利益は後からしっかりとついてくるものだと思います。
投資手法も柔軟です。ベンチャーへの直接出資に限らず、アカデミアの技術をベースに新会社を組成したり、大企業の新規事業をスピンオフしたり、新規事業化のために海外買収を実施するなど、案件ごとに事業成長のためにベストな手法をカスタマイズします。民間のVCも政府もできない、独自の役割を当社は担っています。
-三次元メディアやリンクウィズなど産業用ロボット周辺の企業にも出資をしています
産業用ロボットを含む生産技術の領域は「量産の壁」が立ちはだかります。仮に新しいロボットシステムを開発し、試作し、顧客に導入してもすぐには立ち上がりません。しっかり技術を確立し、信頼性を上げる必要があります。
生産ラインにおいては、試作といえどもミスは許されないため、連続稼働に耐えられる高い品質が求められます。改良を繰り返し、初号機がうまく立ち上がったとしても、別のラインにそのまま展開できるとは限りません。投資回収に非常に時間がかかる領域なのです。
しかし、製造業では少子高齢化がすすみ、労働力不足と技術継承が課題となっています。このような分野こそ、しっかり技術を見定めたうえでしかるべき投資が必要だと感じています。
-投資基準と今後の抱負を教えてください
一般的な投資会社と同様、経営者の考え方、事業計画、ガバナンス、資本などは精査しますが、重要視するのはその技術が解決する社会的課題と、解決の実現可能性です。
三次元メディアの技術は、部品のバラ積みピッキングという従来ロボットができなかった作業を実現させ、人手不足という課題を解決します。リンクウィズの技術はロボットティーチングを自動生成したり、ロボットによる完全自動検査を実現したりすることで、大幅な生産性や品質向上を実現します。いずれも自社製品だけで完結せず、ロボットメーカー、エンジニアリングメーカーと技術を共有することで、新たな付加価値が創出されます。
社会及び産業的な課題の解決が重要視されるため、アプリケーションが見いだしにくい技術への投資には慎重になります。つまり「技術が投資仮説につながるか」が投資基準の一つになります。直接出資が難しい場合は、LP出資先(産業革新機構が出資しているファンド)にも、さまざまな専門分野に強いファンドがあり、それらのファンドとの連携も可能です。
今後も日本が世界に誇れる技術をしっかり支援し、オープンイノベーションを推進することで、一つでも多くのイノベーション成功事例を創出していきます。