R&D組織のマネジャーの姿勢が「現場の実態」にあらわれる
私はJMAC入社以来23年、R&D(研究・開発)およびE(エンジニアリング)部門の現場でコンサルティング業務に携わってきました。多くの業界でさまざまなR&Dの現場をみてきました。本当に心から尊敬できる経営者・マネジャー、良きリーダーシップを発揮されている人の姿勢や行動をみることができました。いろいろな会社に行くことができるコンサルタントという職業の特権のように思います。ありがたいことです。良きマネジメントに触れることができた一方で、良くないマネジメントも目にしてきました。現場の活力が感じられない(元気がない)、一人ひとりが成長している実感が湧かないような職場もありました。その職場を預かっているマネジャーの言動に違和感を覚えることも、たびたびありました。
コンサルタントの仕事は経営者やマネジャーにアドバイス・提言・進言することです。時には“苦言”を呈することもあります。
われわれコンサルタントは、(良くも悪くも)テンポラリな存在です。その意味で、クビを怖れることなく(自らの保身を第一に考えることなく)、相手のことを思って、時に“耳障りの悪いこと”も言うべき役割、言いやすい立ち位置にいるわけです。もちろん、コンサルティングでのアドバイスは、状況や相手の特性などを考慮し、常に固有解(個々別々なもの)なのですが、その中に普遍性の高いことや共通的なことがかなり多くあるように感じています。そこで、このコラムでは、そのような“共通的なこと”について、思うところを書いてみます。
R&D戦略、R&Dプロセスだけでなく、R&D組織能力も考えるべき
R&Dのマネジメントには、どのようなR&Dテーマを行うのかという『技術戦略、開発戦略』の分野、どのようにR&Dテーマの推進をするのかという『プロセス・研究方法論』の分野、そしてR&Dの実務を行う人・組織の能力や意欲をいかに高めるのかという『組織能力』の分野があります。1つめは技術戦略論で、2つめのプロセスは研究の方法論です。この2つは過去から比較的よく議論されている分野です。3つめの「組織能力」については、最近注目が高まってきています。
この組織能力は、一橋大学の楠木建先生の『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新聞社)という本の中で、おおよそ次のように説明されています。
競争相手に対して違いを出すには2つの方法があります。1つはSP(Strategic Positioning)つまり良い戦略を考えるということです。もう1つはOC(Organizational Capability)つまり組織能力が高いということです。戦略の巧拙はたしかに重要ですが、実行部隊である現場組織の能力の違いによって、立案した戦略を実行できるか否かも決まってくるでしょうし、そもそもどれくらい難しい戦略まで実行できるのか、その幅も違ってくると言えます。
遠藤功さんの『現場論』(東洋経済新聞社)の中でもこのOC(組織能力)の重要性が語られています。本コラムでは、この組織能力を高めるマネジメントについて、R&D現場でどのように考えてマネジメントをするべきかを論じてみたいと思っています。
現場の実態は自分のマネジメントを映し出す鏡だと思うべき
あらためて組織のマネジメントについて原点的に考えてみます。R&D部門(に限りませんが)の組織のマネジャーになる(マネジメントを主業務にする)ということは、仕事の対象が“人”と“組織”になるということです。担当者は研究テーマの遂行が仕事ですが、マネジャーは仕事の対象は、技術でも商品でも設備でもなく、R&D業務を担う人・組織です。ドラッカーが説くように「マネジメントは人を通じて成果を上げること」ですので、マネジャーには人・組織についての洞察力や働きかけ力が求められます。
ところが、R&D部門で長く技術や製品を相手にしてきた研究者・技術者の道を歩いてきた人の中には、マネジャーに昇進した後も人・組織が仕事の対象だと思っていない人が少なからずいるように見受けられます。「やる気のない奴が多くて困るんだよね」などと、自分の預かっている人・組織の問題を他人事(ひとごと)みたいに言う人もいたりします。「うちの組織はコミュニケーションが悪くてね?」と嘆いている人は、どこか心の中では「あ?あ、メンバーに恵まれていないな。こちらから何も言わなくても相談ぐらいしてきてよ」と思っているような気がします。自分を不遇なマネジャーと感じている、貧乏くじを引かされた役回りだと思っている、ある種の被害者意識をもっているマネジャーもいます。そう思いたくなる気持ちもわからないではないですが、マネジャーたるもの、人・組織から逃げてはならないと思います。
マネジャーは、R&D現場の一人ひとりに働きかけることができるものです。しかもその声掛けはいわゆる“作業指示”ではなく、仕事(研究開発の実務、つまり考えたり議論したり実験したりという思考業務)について対話・議論をすることです。マネジャーの現場メンバーとの接し方、議論・対話の内容とその頻度が、今の現場の実態を形成している大きな要因なのです。「いつも無理な仕事を押し付けられて、できなかったら、叱責される」などと現場が感じているのは、おそらくそういう接し方をマネジャーがしてきたのでしょう。
一方、「仕事を通じて自己成長を実感している」と自信を高めている現場は、マネジャーが適切に激励をしてきているのだと思います。現場の実態はマネジャーの姿勢や行動を映し出す鏡だと思うべきです。マネジャーの任を担う人は、まずこのことを強く認識すべきだと思います。
■塚松 一也(つかまつ かずや)R&D組織革新センター チーフ・コンサルタント
R&Dの現場で研究者・技術者集団を対象に、ナレッジマネジメントやプロジェクトマネジメントなどの改善を支援。変えることに本気なクライアントのセコンドとして、魅力的なありたい姿を真摯に構想し、現場の組織能力を信じて働きかけ、じっくりと変革を促すコンサルティングスタイルがモットー。ていねいな説明、わかりやすい資料づくりをこころがけている。