IoT、ビッグデータ、クラウド、セキュリティーなど、世間を騒がす新技術のITビジネスに特化した世界最大の商談展示会『CeBIT 2017』(セビット/国際情報通信技術見本市)が閉幕した。
日本がパートナーカントリーとなった今年のCeBITは、日本にとって特別な見本市であった。開催日前夜には、安倍首相が駆けつけ、メルケル首相とともに2000人のVIP参加者の前でスピーチを行った。安倍首相のスピーチは力強く自信に溢れていた。冒頭『マシーンに新たな定義が必要になった』とのコメントから始まり、『製造業は問題を解くインダストリーに変わる』と提言したオープンな国際協調と、『つながる』重要性を信条とし、イノベーションと日独協調を訴えたスピーチであったが、特筆すべきはそのスピーチの中で、日本政府が世界に発信する『Society(ソサエティー)5.0』に言及したことである。
『インダストリー4.0』のお膝元ドイツで・・メルケル首相の目前で……日本戦略『ソサエティー5.0』を安倍首相がぶち上げたことは、驚愕であるが日本の(世界に向けたリーダー役としての)強い意思を感じる十分なコメントであった。
『ソサエティー5.0』は、未だ知名度も低く耳慣れない言葉であるが、今後重要なキーワードとなることは必至であり、日本の経営者にとっては極めて重要な概念となるだろう。『インダストリー4.0』の違いも非常に気になるところである。『ソサエティー5.0』とは、日本政府が作った言葉である。
政府の総合科学技術・イノベーション会議が、2016年度から始まる「第5期科学技術基本計画」の重点テーマとして命名したが、安倍首相が世界に向けて発信した背景には、「諸外国の第4次産業革命に関する産業振興に遅れを取りたくない」と言った日本政府の強い意志が潜んでいる。周知のごとく、『インダストリー4.0』はドイツで生まれ、現代の黒船として日本に来航し、大きな話題となった。ドイツ以外でも、米国の「先進製造パートナーシップ」、中国の「中国製造2025」などが旗揚げされており、各国は産学官一体活動を行いながら、世界のリーダーとしてプレゼンス向上を狙っている。
残念ながら日本は、各国の動きに右往左往しつつも、閉鎖的なクローズド思想からの脱皮すらできず、世界に向けて発信するどころか、世界の流れにもついていけないのが現状である。日本のこのような現状を打開し、独自の色を出すために定義した言葉が『ソサエティー5.0』である。安倍首相がCeBITの会場で声高に『ソサエティー5.0』を発信したのには、このような背景がある。
安倍首相はスピーチの最後に『人類の歴史に大きな節目が訪れた』と語り、『ソサエティー5.0の物語をドイツと日本、一から一緒に書いていこうではありませんか。』と日本主導の意思を明確にアピールした。終始一貫ドイツ発『インダストリー4.0』には全く触れなかったことに、驚きを覚えたのは私だけではないはずである。
『ソサエティー5.0』は、人類誕生の歴史から始まっている。安倍首相はスピーチの中で、『ソサエティー5.0』を次のように解説した。
以下安倍首相スピーチ抜粋-
『森に出て狩りをした大昔。そこを人類史の第一章とすると、米や小麦で安定した食料を手にしたのが第二章。産業化の波が来て近代という名の第三章が幕を開け、通信とコンピュータの融合がまた新たな幕を開いて第四章。今私たちは、解決できなかった問題を解けるようになる第五章の開幕を目前にしている。ものが皆つながり、全てに技術が融合する時代、ソサエティー5.0の幕開けであります』と解説し……そしてスピーチの最後を『メルケル首相、オープンでルールを尊び、自由で公正な世界を保つのです。そして強靭にするのです。その上で若者たちにイノベーションの広野へと思うさまかけていってもらおうではありませんか。人類史の第五章は、きっと光明降り注ぐ明るい世界になります。私達の力を信じて、前に前に、もっと進んでいこうではありませんか』と締めくくった。『ドイツ発インダストリー4.0切り捨て御免』のスピーチであった。インダストリー4.0の始まりは、石炭と蒸気による産業化の波『産業革命(インダストリー1.0)』である。これをソサエティー5.0では、第三章と位置づけている。続くインダストリー2.0は、米国で起きた石油と電気に大量生産工場誕生であるが、ソサエティー5.0ではこれも第三章の範疇(はんちゅう)である。
インダストリー4.0とソサエティー5.0は、その他定義の仕方に違いがあるが、最大の違いはインダストリー4.0が製造業の生産性向上に視点を置き、インフラや標準規格に焦点が当てられることに対し、ソサエティー5.0では具体的な問題解決といった社会構造に言及している点である。CeBIT
2017では、自動運転車も大きな注目技術であったが、インダストリー4.0では新技術が車作りを変え、マーケットと工場及びそのサプライチェーンとのつながりや工場のスマート化による生産性向上が実現する。ソサエティー5.0では、自動運転車の誕生が事故や健康といった問題を解決することが重要である。具体的には、『交通事故』や『疲労運転・運転中の健康障害』など従来からの問題を解決し、事故のない新たな時代の到来を、人類の第五章『ソサエティー5.0』と定義している。
人生につきまとう健康問題や地球規模でのエネルギー問題などが、イノベーションによって解決されていく社会が『ソサエティー5.0』である。デジタルトランスフォーメーションとは、インターネットや人工知能を駆使した問題解決型の社会であり、製造業がその中核を担うことになる。日本発の『ソサエティー5.0』で、日本が世界のリーダーとしての存在感が示せれるか?
日本のベンチャーと中小製造業のイノベーションにその命運がかかっている。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。