SIerの新製品開発 失敗する裏側にあるもの(下 ) 矢野経済研究所主任研究員 忌部佳史

チャレンジには“勇気”必要

■顧客との対話は、受注前か受注後か

標準化と個別対応は、実は時間軸で置き換えることができる。標準化側から顧客適応、つまり左から右に流れる時間軸をイメージし、真ん中に「受注」を置く。標準化は受注前、個別対応は受注後というふうに読み替えてみてほしい。

まず標準化だが、こちらは受注前に、マーケティングコストをかけて、顧客ニーズを吸い上げなければならない。開発前に行う市場調査コスト、宣伝・広告コストも受注前(≒顧客の購買前)の活動となる。

個別対応側は、受注後にマーケティングコストがかかってくることが多い。システム開発でもRFPに対応する形で概要設計するのだから、受注前にマーケティングコストはかけている。ところが実際に受注して作業にかかると、さまざまな“聞いてない”ものが出てくるのは誰もが経験しているだろう。そのため、クライアントとの良好な関係性を築き、顧客が1をいえば、こちらは10理解できるような状態になるべく、顧客業務の理解やクライアント組織のパワーバランス、キーマンの探索など、受注後にマーケティングコストをかけているのが実態だ。通常、これらはマーケティングコストとは認識されないが、顧客と対話するための手続きをマーケティングコストと表現するならば、標準化は受注前、個別対応は受注後に、マーケティングコストをかけているということができよう。

ここで冒頭の問題となる。受託型企業が新製品開発に手をかける場合の悲劇が、この点の理解不足にある。新製品開発担当として兼任で一人指名するようなケースもあるが、そのくらいでは、到底間に合うわけがない。新規事業で10億を狙うなら、既存の受託型ビジネスで10億規模の案件を考えた場合、顧客との対話にどの程度のコストをかけているか想像してみてほしい。

■受託型企業の新規事業開発とは

それでは受託型企業の新規事業開発はどのように考えればよいだろうか。

SIerでいえば、ほとんどの企業は、図(※)の右下のポジションになる。ここでは新規事業開発とは、そこから違う方向に移行する動きと考えてほしい。

【図表:ICT×B2Bの事業検討用戦略フレーム「YRI Business Direction Finder」】矢野経済研究所作成

この場合、SIerの王道は、図の右上に移行することだ。すなわち協調開発戦略である。実際、多くのITベンダーがIoTやAIをビジネス化すべく、POC(Proof
of
concept:概念実証)展開を強化しているが、それはまさに協調開発戦略のアプローチになる。

現在はIoTやAIがテーマなのでPOCという形態になるが、協調開発戦略はそれに制限されるわけではない。研究開発段階では自社のことをよく知るベンダーに「相談」という形で持ちかけられ、あうんの呼吸で進められることも多いと思うが、そのベンダーは、まさに協調開発戦略をがっちりと実践し、他社が入り込むことのできない競争優位性を築いていることになる。この状態が受託型企業の一つの理想形であろう。これを新規事業開発と呼ぶべきかは企業によって異なるだろうが、協調開発戦略は多くの場合、技術的に新規性のあるテーマのはずだ。

他方、そもそも経営側の意思として、受託型ビジネスから脱却することを主目的として、製品開発を目指すケースはあるだろう。それはそれで意義のあるチャレンジだ。

ただそうしたチャレンジを行う場合には、事業構造が異なることを前提にしておく必要がある。もともと適切な組織構造をもっていても、うまくいくのが難しいのが新製品開発だ。だからこそ、組織として、その担当者にはマーケティングコストの利用権限を与え、芽があるならば組織デザインまで任せられる者をアサインさせることが望ましいといえよう。

SIerには受託開発で得た経験をもとにパッケージ展開し、標準化対応として製品化する企業は多い。しかしながら、なかなか販売実績を積み増せないSIerも多いことだろう。

そうしたパッケージ展開の方法は、組織をさほどいじらずに対応できるため、前向きにいえば、失敗したときの影響を弱めるリスク管理できたアプローチともいるだろう。ただその半面、リスクを抑えたチャレンジは、得られる果実に制限がかかってしまうというのも、やはり真実なのだと思う。

チャレンジとは、常に難しく、勇気のいるものだとあらためて思う。

2004年矢野経済研究所入社。情報通信関連の市場調査、コンサルテーション、マーケティング戦略立案支援などを担当。現在は、製造業システムなどを含むエンタープライズIT全般およびビッグデータ、IoT、AIなどの先進テクノロジーの動向調査・研究を行っている。経済産業省登録中小企業診断士

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