現在、製造業は好調である。創業以来の売り上げと利益を更新している企業も数多く見受けられるが、中小製造業にとっては、決して喜んではいられない深刻な事態に直面している。
日本の精密板金市場には、2万社を超える「板金製造業」を営む中小製造業・町工場が存在し、年間2兆円を超える仕事が国内に流れており、業界全体では活況を呈している。半導体製造装置やATM(現金自動預払機)など精密製品の好調性に加え、旺盛な内需の好調が活況の背景にある。しかし、2万社の板金製造業には、極端な2極化現象が台頭している。
ここ数十年でNC化や自動化・デジタル化が高度に進み、設備力において大きな企業間格差が生まれ、俗に言う「勝ち組・負け組」の2極化が進行し、設備力の進んだ勝ち組に仕事が集中する過去例を見ない事態が起きている。全体数の4分の3に及ぶ1万5000社には仕事が少なく、廃業や企業売却を考える企業が急増し、数年先には何千社もの企業が消滅すると予想されている。勝ち組となった企業も決して予断を許さない大きな経営課題に直面している。今回はこの「勝ち組の経営課題」を深掘りし、次世代への対応策を検討していきたい。
まずはじめに取り上げるのは、『勝ち組でも企業拡張できない』という実態についてである。どんなに仕事があっても『企業の売り上げを増やせない。増やせば増やすほど利益が減少する』という事実がある。
一般的なデータであるが、精密板金業界では年商10億円を超えたあたりから、営業利益率が大幅に減少する。年商20億円を超えるには、相当の経営努力が必要であり、多くの経営者はこの壁を超えることを得策と思わないので、年商20億円を超える板金製造業は非常に稀(まれ)である。
なぜこのような事態が生じるのか?
その鍵は、日本の労働生産性が低い原因と共通する部分が大きい。周知のごとく、労働生産性とは就業者1人あたりのGDPのことであり、日本は先進国最下位。世界で20番以下の不甲斐なき数字であるが、その原因の1つに「事務職の低い生産性」が挙げられる。
日本の大手製造業を、ドイツや米国と比較すると一目瞭然である。日本では、人員比率で2倍以上の事務スタッフ(財務・総務・人事・経理・経営企画など)が働いており、ITシステムも欧米と比べデジタル・トランスフォーメーションが極端に遅れ、情報の分析や探す時間にも圧倒的な差が生じている。年商10億円以下の企業では、直接人員比率が高く、労働生産性が高いので利益を出すことができるが、売り上げが増大するにつれて生産性の悪い間接部門が増えてしまうため、売り上げを上げられないのが現実である。
中小製造業が、今までと同じように機械を増やし、最新鋭機も導入し、自動化を推進しながら生産規模を拡大するだけでは、企業の安定的発展が得られないことは誰の目からも明らかである。現場の生産性向上と並行し、『間接部門の肥大化から逃れる施策と投資』を重要経営課題に加えなければならない。その実現には、現在の「ITインフラ」にメスを入れ、企業拡大に耐えられる『次世代型ITインフラ整備』が必須である。
最終的に、IoT/人工知能によるメリットを享受できる投資が必須であり、欧米ではこの流れをデジタル・トランスフォーメーションと呼び、次世代への『勝ち組パスポート』として広く認識され、各社の積極推進事項となっている。日本では残念ながら、この認識度も低く、欧米には随分と水を空けられているが、これに追いつくための手段として、日本の中小製造業が、いままで避けてきたERPの導入検討が必要である。
ERP(Enterprise Resource Planning)とは、経営資源(人・もの・金・情報)の有効活用を目的に、生産管理システムの手法を経営の効率化に発展させた『基幹系情報システム』であり、経営管理の中核を担うシステムでもある。欧米の中小製造業では一般的であるが、日本の中小製造業にはほとんど普及していないシステムである。
ERPと言うと、独SAP(エス・エー・ピー)が有名であり、「難しくて高価で、自社にマッチしない」とのイメージを持つ経営者が多いと思う。しかし、世の中の進化は、中小製造業に大きく味方しており、『オープンERP』が世界中で増殖中であり、大きく注目されている。
オープンERPは中小製造業に極めてマッチする。基本が無料のソースで、カスタマイズも安くて簡単に導入できるオープンERPの存在を知らなければ、時代に取り残されると言っても過言ではない。生産管理システムの限界値を超えるオープンERPは導入検討すべき選択技の1つである。
世界的なオープンERPを列挙するので、関心のある方はインターネットなどで検索していただきたい。
■JPiere(ジェイピエール/日本の商習慣に対応している)■Odoo(オドー/ベルギー製で増殖中)■iDempiere(アイデンピエレ/拡張性大きく可能性大)■Compiere(コンピエール/米国オープンERPの元祖)■ERP Next(インド製/MySQL)■Open Bravo(オープンブラボ/スペイン製)など。紙面の都合から、詳しい説明を割愛する。
中小製造業がオープンERPを導入し、次世代への『勝ち組パスポート』を手中に収めるメリットは計り知れない。弊社でも、自社製「alfaDOCK」を基幹エンジンに置き、顧客の個別要望に基づくオープンERP導入支援も行っている。(www.a-tkg.com)
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。