「日本のものづくり」現状・課題
半世紀におよんだ冷戦による経済分断の間に蓄積された圧倒的な国際賃金差が、日本の貿易財現場を直撃したのが、1990年代~2000年代のポスト冷戦期です。しかし、そうした最悪の時代が終わりつつあります。すでに始まっている新興国の賃金高騰によって日本との賃金差が縮小していくにつれ、ハンディキャップが緩み、国内の優良なものづくり現場が、能力構築で地道な生産性向上や品質向上によってハンディキャップを克服して「表の競争力」でも新興国に迫り、国内に存続していく可能性が高まりつつあるのが今であり、これからの20年と言えましょう。したがって、新興国の賃金高騰が始まったとはいえいまだ過酷なグローバル競争にくじけることなく、あきらめずに能力構築を続けることこそ、地味ではあるけれど、地域の現場や中小企業、生産子会社にとって、着実な処方箋でしょう。
世界経済は、「冷戦後」の時代を終えて「グローバル能力構築競争」の時代に入りつつある、というのが私の考えです。潮目は変わったのです。
円安でも輸出が伸びないという指摘もあります。しかしそれは、過去に、短期短絡的な判断で工場を海外に出しすぎた企業経営者自身の失策によるところが大きく、これを日本のものづくり現場の衰退ととらえるのは、産業競争力論の基本論理から見ても誤りと言えます。単なる生産量の拡大と国内生産現場の復元では、同じJカーブといっても、タイムラグの長さがまったく異なるのです。
また、海外工場の工場長が「地産地消」を唱えるのは良いにせよ、大きな多国籍企業の社長が「うちのグローバル戦略は地産地消だ」などと発言するのは、端的に言って暴論です。なぜなら、それは過去200年にわたる貿易発展の全面否定に他ならないからです。世の中には、耳障りがよく聞けば思考停止をまねくような、それでいて危険な言葉が数多くありますが、「地産地消」もまたその1つかもしれません。
せっかく現場が「よい流れ」を作っても、本社がそれを生かすブランド戦略やもうかるビジネスモデルを構築できなければ、企業の成長につながらず、それでは現場も浮かばれません。多くの大企業本社が戦略構想力を強め、「強い現場・弱い本社」というねじれ状態を解消することこそ、日本のものづくり産業活性化にとっては重要でしょう。
◆藤本隆宏(ふじもと たかひろ)
一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事、東京大学大学院教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長。1979年東京大学経済学部卒業、三菱総合研究所入社、89年ハーバード大学研究員、90年東京大学経済学部助教授、96年リヨン大学客員教授、INSEAD客員研究員、ハーバード大学ビジネススクール客員教授、97年同大学上級研究員、98年東京大学大学院経済学研究科教授、2002年日本学士院賞/恩賜賞受賞、04年ものづくり経営研究センターセンター長、13年一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事。「生産マネジメント入門〈1〉」(日本経済新聞社)他著書多数