日本のビジネスモデル
いわゆるガラパゴス携帯などを例に、「たしかに日本の技術力は世界一だが、それを事業化する際のビジネスモデル構想力には弱みがある」などと指摘されます。ガラパゴス携帯は、国の政策や企業経営陣の戦略的な失敗が招いた結果であり、それを持って短絡的に日本のものづくり産業現場の不振とするなら、それは一種の責任転嫁です。現代の大企業は多角的多国籍的であり、すなわち産業や国境を超えて何をどこで作ろうとも自由なのであり、したがって特定の国の産業競争力の盛衰は、各企業の失敗の言い訳になりません。
製品をアーキテクチャ(設計思想)で分類するとモジュラー型(組み合わせ型)とインテグラル型(擦り合わせ型)に分けてみることができます。モジュラー型は機能と構造が独立して設計されている、例えばパソコンシステムのような製品です。デジタル製品に多く見られますがパソコンとプリンター、プロジェクターがおのおの独立した機能を持ち、インターフェースを共有することによりメーカーが違ってもつなげて使用できる製品です。パソコン自体も寄せ集めの部品にインテルのCPUを入れれば立派に作動します。これに対してインテグラル型の代表は乗用車で、燃費を向上させたり乗り心地をよくしたりするためには、サスペンション、車体、エンジン、タイヤなどあらゆるパーツを擦り合わせて設計する必要があります。こちらは日本のものづくりの得意分野とされてきました。
日本はインテグラル型を捨てて流行りのモジュラー型に切り替えるべきだといった議論もありますが、これもまた、比較優位の論理も現場の実態も理解しない雰囲気論にすぎません。こうした根拠なき悲観論が広まれば、やがて日本人の平均的な生活水準に悪影響を与えかねず、そうなればこれはもう人災です。
産業構造論は、あくまでも歴史的に形成された現在の日本産業現場の特性をよく見極め、そのうえでそれと適合性の高い、比較優位を得やすい産業に特化するのが基本です。設計の比較優位論から見れば、調整能力の高い現場が多く日本に偏在するという現実認識があり、それと適合的な調整集約型すなわち擦り合わせ型の製品が国内に多く残ることが貿易の利益につながると考えるのが妥当です。
むろん、長期的には、強みを伸ばし弱みを補う「伸長補短」の「両面戦略」は基本ですから、一方で、現在は苦手傾向のモジュラー型製品でも勝てるような、高度な分業型の組織能力も、国内で構築していく必要があります。実際、そうした企業や現場もすでに存在します。
しかし、「舎短取長」はあっても、よりによって「現在の強みを捨てる」という方策は、どの戦略論の教科書にもありません。流行に流されただけの根拠なき暴論というほかありません。
◆藤本隆宏(ふじもと たかひろ)
一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事、東京大学大学院教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長。1979年東京大学経済学部卒業、三菱総合研究所入社、89年ハーバード大学研究員、90年東京大学経済学部助教授、96年リヨン大学客員教授、INSEAD客員研究員、ハーバード大学ビジネススクール客員教授、97年同大学上級研究員、98年東京大学大学院経済学研究科教授、2002年日本学士院賞/恩賜賞受賞、04年ものづくり経営研究センターセンター長、13年一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事。「生産マネジメント入門〈1〉」(日本経済新聞社)ほか著書多数