若手技術者への技術の伝承 効果絶大活字の「手順書」
■技術の伝承に必要なものは何か
様々な所で語られることの多くなった技術の伝承問題。団塊世代の定年により、技術力低下が懸念されるというのが大方のロジックのようです。
一例を以下のURLで示します。(http://jma-column.com/denshou/)ここで述べられているのは教えられる側が作成する文書を教える側が確認するというStep式となっています。これはこれで機能するやり方かもしれません。
その一方で実情をお話しすると、教える側がきちんとした文書を作成できる論理性を持っていないと、段階を踏んで教えられないことはもちろん、指導内容が発散し、作成した文書をきちんと添削することもできません。そのため、基本的には自分の技術の伝承に関する文書作成は指導者が最初に行うことが重要といえます。
上記のような記事でも取り上げられている技術の伝承。本日のコラムでは技術の伝承に関する背景と課題、そしてその解決法について考えてみたいと思います。
■急激に変わる製造業の世界情勢
この背景が語られることが少ないことを見逃してはいけません。結論から言うと現代は研究開発のスピード化が急激に進み、一昔前の感覚ではとてもではありませんが勝負できない状況になっているということです。
これは良くも悪くも時代の流れです。技術者育成研究所としてももちろん、FRPコンサルタントとして様々な企業の中で仕事をしていますが、研究開発スケジュールはあまりにもタイトなものが多いことに驚きます。
開発期間の短縮というスピード化こそが商品の付加価値においてかなり重要なウェイトを占めているのが実情です。このような時代背景にあって30年前どころか、10年、20年前の感覚でさえも議論しても話がかみ合わないのです。
つまり技術の伝承を考えるにあたってはスピード化が急激に進む時代背景をベースに考えなくてはいけません。
■技術の伝承に対する固定概念
上記のURLでご紹介した例でもありましたが、技術の伝承ということについて一種の固定概念があるような気がします。それは、「俺の背中を見て育てという職人系」が基本となっている、ということです。
職人系は育成方法として決して悪いわけではありませんが、世界情勢を考えるととてもではありませんが競争力がありません。本当の意味での職人であればそれでもいいかもしれません。
しかし、多くの製造業においてはじっくり時間をかけて若手技術者を育成する、といった余裕はないはずです。このことを指導者層も理解をして、自分の過去の育成経験や時間軸という固定概念から脱し、いかにしてスピーディーに若手を最前線に送り込めるようにすればいいか、を考えることが重要になってきます。
つまり、技術の伝承という問題に特化した時、問題は若手技術者というよりも、指導者層側の考え方や旧態依然の企業システムに課題があることが多いということを認識することが第一歩となります。
■技術の伝承で最適なのは活字
結論から先に書きます。「技術の伝承は活字ベースで行うべき」です。
これは様々な企業の指導を通じて証明されていることです。口頭指導は伝承効率としては非常に低いです。場合によっては口頭指導も効果的なこともあります。しかし、それは活字があるという前提です。そのくらい活字が大切です。
技術の伝承が何を対象としているのかによりますが、一例として設備を用いた製品製造に関する話を例に挙げます。この時に抜群の効果を発揮するのは「手順書」です。手順を箇条書きにするだけではありません。写真や画像、そして気を付けるポイントなどを細かく記載します。このようにして作成された手順書は、設備を扱い製品を生み出す職人の代わりに若手の技術者の指導を行ってくれます。
活字であれば何度でも見直せます。また、その道の専門家がそばにいなくとも工程の詳細を教えてくれる教育媒体となります。結果として指導者層、つまり技術を伝える人物の負担を大幅に下げ、業務の効率化や、指導者層が退職してしまった後でも伝承作業を継続できます。この手の手順書を整備するのは非常に大変ですが、指導者層の方がまず作成するというのが非常に重要です。
コラムの最初でも述べたように、指導者層が活字による伝承をできる状態になっていることが、指導伝承の確度を高める論理性を持っていることと極めて高い相関性があることが背景にあります。そしてこのようにして指導者自らが作成した活字媒体の手順書などは、一旦整備されれば技術の伝承の精度とスピードはあらゆる指導法を凌駕することがほとんどです。
その一方で残念ながら活字を毛嫌いする技術者が多いため、このような活字を基本とした伝承を考えることは皆無のようです。多くのマスコミでの議論で活字ベースでの伝承の重要性が訴えかけられていないのがこの事実を裏付けていると考えます。
技術の伝承が様々な問題につながることは多くの方が認識している事実です。そしてこの問題解決には今の時代背景や固定概念をきちんと理解した上で前進することが重要となります。
この解決方法にはいくつかのやり方があると思いますが、実際に技術者人材育成を行った実感として活字媒体の伝承以上に効果を得られたものはまだありません。詳細については各社各様のやり方があるかもしれませんが、基本は活字媒体にするという方向性だけは失わないようにすることが肝要であると考えます。
ご参考になれば幸いです。
◆吉田 州一郎(よしだ しゅういちろう)
技術者育成研究所所長・FRPコンサルタント。入社2~3年目までの製造業に従事する若手技術者に特化した法人向け人材育成プログラムを提供し、自ら課題を見つけそれを解決できる技術者育成サポートを行う。
東京工業大学工学部高分子工学科卒業後、ドイツにある研究機関Fraunhofer Instituteでの1年間のインターンシップを経て同大学大学院修士課程修了。世界的な展示会での発明賞受賞、海外科学誌に論文を掲載させるなど研究開発最前線で業務に邁進する一方、後身の指導を通じて活字を基本とした独自の技術者人材育成法を確立。その後、技術者人材育成に悩みを抱えていた事業部から、多くの自発的課題発見/解決型の技術者を輩出した。
主な著書に『技術報告書
書き方の鉄則』、『CFRP~製品応用・実用化に向けた技術と実際~』(共著)など。