■インダストリーX.0が提唱するアジャイル・マニュファクチャリング
デジタルトランスフォーメーションの実現へ
産官学が連携し推進するドイツの「インダストリー4.0」、米国でGEを中心として進む「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」、中国が2016年からその動きを本格化させている「メードイン・チャイナ2025」などの取り組みは、デジタル化がもたらす破壊的な変化をいち早く捉え、社会的価値に変換することを意図している。
今後も5G技術による高速モバイル通信や、量子コンピューティングによる計算力の飛躍的な向上など、技術は目まぐるしく進化し、「インダストリー4.0」はすぐに5.0、6.0になり、その後もカウントは続いていくだろう。そのような時代の道しるべとして、筆者が所属するアクセンチュアは「インダストリーX.0」というコンセプトを提唱し、来たるべき「成果型エコノミー」の時代に向けて、製造業がデジタルトランスフォーメーションを実現する方法を示している。
製造業におけるデジタルトランスフォーメーションとは、IoTなどデジタル技術を活用することによる事業転換であり、従来、材料を加工したり、部品を組み立てたりすることによって生産を生業としていた製造業が、サービス業へ変化することだ。「モノ売り」から「コト売り」へと言われるように、市場が求める価値が製品の提供から、ユーザー体験の提供へと大きく変わろうとしている時代に、「インダストリーX.0」は製造業が取るべき具体的な選択肢と実行方法を示している。
新規事業のアイデア創出
ここで重要なことは、レベル4(ERP/SCM)、レベル3(MES)、レベル2(SCADA)のデータの関連性を一元的に記録するデータベースを活用することである。つまり、レベル3(MES)から提供されるデータから生産タクトや歩留まりのデータだけをながめても、それらの改善による生産性向上がもたらす経営的な効果はわからない。例えば、需要が見込まれない製品の生産タクトを改善しても、あまり意味がない。同様に、スクラップコストの経営的なインパクトが少ない製品の歩留まりを改善しても、大きな経済的効果を生み出せない。レベル4(ERP/SCM)から提供されるリアルタイムデータとの関連性をモニターし、そこからビジネスインサイトを取得することで、初めて経営的な効果を明らかにできる。
逆に、レベル4(ERP/SCM)とレベル3(MES)から注力するべき課題が明らかになったとしても、レベル2(SCADA)などからもたらされるレベル1(PLC/DCS制御システム)のデータや、センサーの計測値が得られなければ、プラントフロアで発生している事象を分析して、詳細に課題要因を特定し、対策を施すことはできない。つまり、レベル2(SCADA)のシステムが、レベル3(MES)のシステムが設定した管理情報に紐付けられ、そこで提供されるデータを分析することによって、効果が生まれる。より具体的に言うと、工程内または工程をまたいでレベル2のデータを取得して、課題との関連性を分析することによって、生産性を向上させるためのインサイトを得ることが可能となる。
さらに、レベル4(PLM/ALM)のシステムと連携させることによって、プラントフロアからリアルタイムで提供されるデータを活用して製品設計や生産設備・工程を改善できる。あるいは、レベル4(CRM)のシステムと連携させることでも、製品出荷後のサービス履歴情報を活用して、製品設計や生産設備・工程を改善することが可能だ。トレーサビリティ情報によって効率的なフィールドサービスや製品回収が実施できる。このようにシステムを連携させることによって、製品ライフサイクルに及んで大きな経営の効率化が期待できる。
製造業がデジタルトランスフォーメーションを始める第一歩として、「アジャイル・マニュファクチャリング」のようなシステムを導入すれば、真に経営的なインパクトのある効率化を図ることができる。「インダストリーX.0」では、業務効率の改善により増加した収益を原資として、新規事業への投資を行うことを提唱している。また、全社的な業務プロセスのデジタル化を進めながら、自らデジタル技術のユーザーとなっていく意識を持ち、デジタル技術を活用した新規事業のアイデア創出に向けた知見を蓄積することで、成長をさらに加速させることが可能になるだろう。
[参考図書:「インダストリーX.0 製造業の「デジタル価値」実現戦略」エリック・シェイファー (著)、河野真一郎、丹羽雅彦、花岡直毅(監訳)]
アジャイル・マニュファクチャリング
「インダストリーX.0」が提唱する多岐にわたる取り組みのなかでも、特にオートメーション新聞の読者の方々にお伝えしたいのは、「アジャイル・マニュファクチャリング」である。これは、ロボティクスやマシンビジョンなど、最先端の技術で工場の高度な自動化を推し進めるだけでなく、製造実行システム(MES)を効果的に活用してデータの流れを一貫して管理することで、プラントフロアとERP/SCMを統合することを目指している。
「アジャイル・マニュファクチャリング」が提供する「生産設備を俊敏性の高いものに変える」システムによって、文字通り迅速に受注から生産、納品までのプロセスを実行することができるようになる。また、将来、マスカスタマイゼーションなど、個別の顧客ニーズへの細やかな対応を経済的に行うための仕組みや、新規サービスを提供する仕組みの一部として活用することが期待できる。
まず、「アジャイル・マニュファクチャリング」のシステムを導入することによって、企業内にビジネストランザクション系データの流れをつくり、営業、生産、購買、物流の各事業機能間での連携を強化する。簡単な例で説明すると、営業拠点においては工場からリアルタイムで提供される情報によって、迅速に納期を回答できるようになる。納期面と価格面で顧客との交渉を効率的かつ効果的に進められるようになる。また、生産部門は営業部門が作成した見積もり内容に基づき、需要予測を活用して最も経済的な生産計画を立て、工場内のリソースを最適に配分できる。また、購買部門は、それに応じて効率的な調達活動ができるようになる。
このような、ビジネストランザクション系データの流れができると、そのデータを分析して活用できるようになる。そのためには、レベル4(ERP/SCM)、レベル3(MES)、レベル2(SCADA)など、階層の異なる複数のシステムから提供されるデータを収集して一元的に管理する仕組みが必要となる。この仕組みによって得られたデータを分析して、KPIとともにビジネスインサイトを導き出し、わかりやすくダッシュボードで視覚化することでデータを最大限活用できるようになる。(注:レベルはISA-95の規定に従って記載した。)
◆澤近房雄(さわちか・ふさお)
アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 マネジング・ディレクター。ロックウェルオートメーション、GEデジタルなどで要職を歴任。大手製造業の制御システム、インダストリアルIoTの導入プロジェクトに参画、製造拠点の海外展開を支援。OPCや制御ネットワーク技術の標準化を推進し業界に貢献。現在は、アクセンチュアで製造業のデジタルトランスフォーメーション支援をリード。SICE制御ネットワーク部会員。VEC個人会員。元NECA PC・FAシステム技術委員。