逆転の発想で世にアピール
ロックバンドGLAYは長年にわたり日本の音楽界で活躍しているアーティストのひとつですが、最近公式サイトで同バンド名義の楽曲を結婚式で使用する場合に限り、著作権料(厳密には、歌手など音楽を伝える人の権利である「著作隣接権」に関わる料金)を徴収しないとの発表をおこない、テレビや新聞の報道で取り上げられ注目を集めています。
著作権は、特許・実用新案・意匠・商標などのいわゆる産業財産権と並ぶ知的財産の大きな柱ですが、独創性のある著作物や音楽などに対して、自動的に発生する権利であることで産業財産権とは一線を画しています。
ひところ、大学入試の問題で文芸作品などが引用されることについて、著作権の侵害ではないかとの論議がなされた時期がありましたが、現在では「法的な拘束はなく、慣例として試験終了後に著作物の権利者に使用報告する」ということで決着しているようです。
入試実施以前に著作権者との交渉をおこなえば、問題の事前漏洩につながりかねない、というのが、このような著作権適用の制限措置が講じられた理由であると聞けば納得します。
国の法律や政令などについては、そもそもその内容を広く案内して周知せしめなければ意味がないわけですから、著作権適用の範囲外であるとされています。
文献などを翻訳する権利である「翻訳権」も著作権の一部です。原著作者に無断でその著作物を翻訳して他者に提供することは著作権の侵害にあたります。それでは各国が公開公表している特許公報類についての著作権については、どのように考えたらよいのでしょうか。
日本特許庁のホームページにはこれに関して次のような記載があります。
「公報に掲載されている明細書や図面等は、通常、その創作者である出願人等が著作権を有していますので、転載する場合には許諾が必要になることがあります。」
この文言は、著作権に抵触する可能性があるという点では「翻訳」についても当てはまるものだと思いますが、「許諾が必要となる場合がある」という婉曲叙法で実質的に著作権フリーを認めているようにも読めます。お役所らしいと言ってしまえばそれまでですが、知的財産業界の現場では日本の特許公報類を外国語に翻訳することは通常の業務としておこなわれており、内容を改変(翻案)しない限り翻訳しそれを利用すること自体には問題はない、と考えられています。
この点、米国特許庁は、明確に、“…the text and drawings of a patent are typically not subject to copyright restrictions”(特許明細書や図面は著作権の対象外)と述べており、合理的なお国柄を感じさせます。
大学や出版社、新聞社などには「著作権許諾窓口」のような部署があり、著作物や論文などの転載をおこなう場合にはそのような部署に許諾の申請をおこなうことが必要です。また、図書の刊行に際して、他の図書に掲載されている写真や図表などを使用したい時には本来の著作権者である写真家などにコンタクトして許諾を得ることが必要ですが、実質上不可能である場合が多く、結果として無断掲載などになりがちです。
筆者が勤務する知財コーポレーションでも、ある学術図書出版会社から委託されて、外国居住の写真家との許諾交渉をおこなったことがあります。英文レターのやり取りを含め大変手間のかかる仕事でしたが、無事に許諾を得られました。
話を冒頭に戻すと、「結婚式のようなおめでたい場で自分たちの楽曲を使ってもらえることは、自分たちにとってもうれしいことだ」というアーティストの考えは、各方面から歓迎されることでしょう。知的財産権の活用は、とかく排他的な権利の主張に結びつきがちですが、発想を逆転させて世の中にアピールする、このような著作権の活用方法もあるのだと気付かされました。
◆清野安希子(きよの・あきこ)
国際基督教大学教養学部卒業。教育関連企業勤務を経て、2002年に知的財産専門翻訳会社の知財翻訳研究所(13年に知財関連サービスの拡充に伴い知財コーポレーションに社名変更)に入社。2年間の事務職勤務の後、営業担当として日本全国の大手メーカー知財部とのコネクション構築に注力。15年に中小企業診断士登録。現在は経営企画室長として事業戦略の立案や新規事業開発に携わっている。