真価問われる日本企業
2018年もはやひと月が過ぎました。年初来の株高に景気の浮揚感をあおる報道も多いのですが、各界トップの年始のあいさつは比較的堅実なトーンのものが多かったように思います。
日本特許庁長官の年頭所感では、「特許料金の軽減」「スーパー早期審査」などの新しい施策による中小企業やベンチャー企業の知財活動の活性化、IoT普及に伴う異業種間知財交渉への道筋づくりなどがうたわれています。知財により中小企業の活性化を図るとともにこれらの企業からの特許出願の増加によって出願件数減少に歯止めをかける政策を継続する方針のようです。
一方、中国の国家知識産権局の局長(日本の特許庁長官に相当)は、年初の会議で、特許等の出願件数の伸びを7%程度で安定化させ、高品質化を目指す方針を明らかにしています。既に中国は特許出願件数において6年連続で世界最多となっており、16年には約133万件(日本の約4倍)に達していますが、年率7%の増加を指して「安定化」というところに今の中国の知財パワーの強大さがうかがえます。
この「安定化」が意味するところは、「量から質への転換」ということのようです。ごく最近まで「中国特許はジャンクが多く怖くはない」とか、「中国知財バブルはいずれ崩壊して知的財産の価値が低くなる」などの論調が幅を利かせていましたが、今後はそうとばかりは言っていられないようです。
これまでは国の費用で出願を促すという、いわばアクセルを踏みっぱなしの政策で特許出願件数を急速に伸ばしてきたわけですが、特許大国になるという所期の目標を達成した今、徐々にブレーキをかけ始めた、ということだと考えられます。差し当たり、企業の中国特許取得についても審査が厳しくなることが予想されますし、出願件数の増加同様に毎年2桁で増加している特許侵害訴訟の動向も注目されます。
米国や日本などの知財の歴史を見れば、出願重視策に続いてくるのは権利行使(自己の知財を武器に侵害訴訟を提起したり、ライセンス購入を求めたりするなどのアクションをとること)、すなわち獲得した知的財産の有効活用です。中国は米国以上の訴訟大国といわれており、16年には特許・実用新案・意匠だけでも中国全土で1万2000件の訴訟が提起されました。これは米国の約3倍にあたり、日本の約20倍にあたります。さらに著作権や商標の争いも含めると膨大な件数にのぼります。
注目すべきことは、これらの特許訴訟が結審する際の損害賠償平均額が年々ほぼ倍々ゲームで増加していることです。現在ではまだ米国での特許裁判の平均賠償額に比べると金額として二桁ほど少ないのですが、知的財産保護の流れの中で今後、急速に上昇するとみられています。
これらのことを背景に、中国版特許トロールへの懸念が高まっています。
製造・販売や開発を行わないのにたくさんの特許を買い集め、その特許を根拠にして特許侵害訴訟などをおこし、ライセンス料や和解金などの収入を得るようなビジネスを特許トロール(patent troll)といい、そのようなビジネスを行う事業者をNPE(non-practicing entity、特許不実施事業者)といいます。米国ではアップルやマイクロソフトなどの大手企業が多額の和解金をNPEに支払った事例などが明らかになっています。中国における特許トロールは現段階では大規模には発生していませんが、既にその兆しとみられる事例も明らかになってきています。
このように、中国知財は新しい局面を迎えつつあります。欧米や日本は、模倣や知財侵害がなかなか収まらない中国に対して、特許など知的財産の尊重を声高に求めてきましたが、その結果、中国企業や個人の知財意識が高まり、当局の取り組みや制度の整備が進んできました。今後、日本企業も中国での知財戦略を考える上で、今まで以上の負担を強いられることになると思われます。中国の圧倒的な知財パワーにどう対峙していくのか、日本企業の持つ知的財産の真価が問われることになりそうです。
◆清野安希子(きよの・あきこ)
国際基督教大学教養学部卒業。教育関連企業勤務を経て、2002年に知的財産専門翻訳会社の知財翻訳研究所(13年に知財関連サービスの拡充に伴い知財コーポレーションに社名変更)に入社。2年間の事務職勤務の後、営業担当として日本全国の大手メーカー知財部とのコネクション構築に注力。15年に中小企業診断士登録。現在は経営企画室長として事業戦略の立案や新規事業開発に携わっている。