社員教育に対する法人減税の取り組みの盲点
先日、全国紙、地方紙で経産省と財務省が2018年度税制改正で、社員教育を拡充した企業の法人税を減税するしくみの検討を開始するという記事が書かれていました。
控除の対象と想定されるのは、留学の費用や社員研修の受講費、公認会計士などの専門的な資格の取得費用など、とのことですので技術者の人材育成も対象になる可能性があります。
今回はこの記事を参考に技術者人材育成についてもう一度考えてみたいと思います。
■国の後押しは極めて重要
技術者人材育成に限らず、人材育成全体に対し国の後押しというものは非常に重要です。今回のように法人税の減税といった経済面はもちろん、人材育成の重要性について社内で方向性を統一するにあたってもその一助となるためです。
まずは社員教育という単語で国が前向きに動き始めたことは製造業にとっても非常に良い流れといえる、ということは間違いないといえます。
■国の考える人材と現場で必要とされる人材の乖離
国が人材育成、つまり社員教育に力を入れていこうという方向性を示した背景は、「社員の質を上げ、生産性向上を促す」というのが根底にあり、これがアベノミクス税制の目玉政策の一つと書かれています。
当然ながら生産性向上は重要です。しかしながら現場で必要とされているのは生産性向上だけではありません。
決められたことを効率良く早くやるというだけでは業界によっては万能の正義なのかもしれませんが、製造業にとっては間違いなくこれだけでは生き残れません。最初は決められたことを効率良くやることを求められても、いきつく先は、「決められたことを安くやる」という流れが必ず主流となり、人件費の安い海外との戦いに陥ってしまうからです。
昨今のIoTを初めとした、情報技術の製造業への応用一辺倒も見ていて危うさを感じます。大量生産をすれば生き残れるのは製造業の中で巨大企業のほんの一部。その巨大企業であっても生き残れる保証はありません。そこまで似たようなものを大量に必要とされる製品は限られているからです。
欧州、北米発祥のものを改善して高効率を基本に大量に売るという戦略で生き残れる業界は極めて少なくなりつつあります。特により規模の小さい中小企業が生産性だけ求めては生き残れないのは火を見るより明らかといえます。
いずれにしても今回の新聞記事でも生産性以外の要素に対する動機の言及が少ない(またはない)ことに、現場で求められている人材像との乖離を感じているのが現場の最前線の指導者としての実感です。
論理的思考力に課題
■製造業で必要とされる人材とは何か
では実際に企業の最前線で人材教育と高い専門性を持っての企業指導を行っている実感としてどのような人材が求められているのか、ということについて述べてみたいと思います。
一言でいいますと、「読む、聴く、話すの基礎力となる論理的思考力」です。
生産性、リーダー、イノベーションなども結局のところこの根本ができていないところに上乗せするために機能しないケースが本当に多いです。きちんと人の話を聞き、それをまとめ、その上で人に伝達する力がなければ生産性が上がるわけがありません。同じように人をけん引するリーダーにもなれません。もちろん、斬新なアイデア、または既存技術の組み合わせによる新しい技術領域を切り開くためにも上記の論理的思考力が極めて重要です。研究開発の計画、調査、実行、まとめ、指示といったことができなければテーマを動かすことさえままなりません。
ここで私が実際に企業指導を行っている対象として多い技術者を例として述べてみたいと思います。程度の差はあれこの辺りの力、つまり論理的思考力を持っている技術者は極めてまれであり、仮にいたとしても多くの技術者は組織の中では一定の評価はあるものの力を発揮できず、力を持て余している状況に陥っているのが常です。
理由は簡単です。上位にいる方々にその方々の力を引き出すだけの論理的思考力が足りないケースが多いからです。組織がある程度の規模以上になるとこの状況は顕著となります。
つまり私の企業における技術者指導で実感しているものとして、根本的な課題は以下の2点だと思っています。
◎若手だけでなく中堅、ベテランまで論理的思考力が不足している
◎まれに論理的思考力の高い社員(技術者)もいるが、上が理解できないため優秀な社員の力が発揮できていない
冒頭で述べたように国が社員教育に前向きに取り組もうとしていることは非常に良いと思います。その一方で現場では上記の問題が根付いてしまっているということも認識しなくてはいけません。
この現場での現実を踏まえた社員教育がきちんと施されれば、製造業に限らず、幅広い日本の産業の前進と発展につながると期待されます。ご参考になれば幸いです。
◆吉田州一郎(よしだしゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社代表取締役社長、福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、並びに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。