藤本教授のものづくり考(14)

「デジタルものづくりと“三層分析”」(3)

ここまで二回にわたって見てきたものづくりのデジタル化をめぐる状況の中、今後重要になってくるのが③の「低空」領域、すなわちインターフェイス層における世界規模での主導権争いでしょう。例えば、ドイツ発の「インダストリー4.0」も、ゼネラル・エレクトリック(GE)が主導する「インダストリアル・インターネット」も、まさにこのICTとFAをつなぐインターフェイス層がターゲットです。IBMも、デジタルヘルスケア等で、この低空層への参入を進めてきます。IBM、GE、シーメンスなどは、いずれも多数のソフトエンジニアを雇って会社を変えようとしていますが、彼らは、「上空」に進出してグーグル等と空中戦をやるつもりではなく、あくまでも主な狙いは、モノや生身の人の地上界とICT界をつなぐ低空層で主導権を握ることだと考えられます。

ドイツのインダストリー4.0にしても、ドイツで話した担当者の話しを聞く限り、彼らの主たる狙いは、(SAPなどの例外を除けば)米国勢に①「上空」の制空権をほぼ握られていることを前提に、②ドイツの強大な輸出競争力(いまや日本の2倍以上の輸出額)を支える地上の国内現場や中小・中堅企業(ミッテルシュタント)が、①の米国系のICTリーダー企業の下請けになってしまわないように、③インターフェイスとなる低空層に強大なファイヤーウォール、いわば垂直的な防空圏を作ることのようです。工場の完全自動化などが目的ではありませんし、「ドイツの工場はどこもかしこもデジタル化され日本は周回遅れだ」という一部マスコミ発の言説も、幻想と言ってよいでしょう。むしろドイツ政府の4.0推進者からは、「われわれは中小中堅企業を守るために4.0を進めているのだが、肝心の中小経営者の中には『今までうまくいっているのだからICTはいらないし話しも聞きたくない』という人も多く、説得に苦労しているよ」という声も聞かれました。

③の世界では、工場や機器の間をストレスなく接続する工場ネットワークの標準化や、各現場に設置されたセンサーなどから吸い上げられてくる膨大な情報群を、それを必要な場所(現場=下、他工場・他企業=横、インターネットを通じクラウド等=上)へ振り分ける交通整理的な役割の強力なコントローラーやサーバーによる工場のインテリジェント化が一つのポイントになってくるでしょう。

そうした技術についても、実は技術力でも実績でも日本企業たちはすでにそれなりの蓄えをもっています。だとすれば、例えば日本のみならず日本製の工作機械など生産設備が多く入っているアジアの国々の現場をつなぐネットワーク標準づくりで、日本の実力企業群があるレベルで確執を超えて連携して日本としてのグローバルな存在感を保ち、そのうえで欧米と連携・接続し、結果として、いわば米独日主導で、「③低空層」におけるいわば「天下三分の計」にもちこめれば上等と思われます。

実際、ドイツのシーメンスでは、すでに工場デジタル部門が稼ぎ頭になっており、特に中国ビジネスの成長が著しく、すでに「低空」での戦いを有利に進めています。IBMもフィンランドでデジタルヘルスケアの実験を開始するようで、この「③低空」層での動きは目が離せません。

とはいえ、今のところ、こうした低空層の主導権争いを含めた、グローバルな産業界全体のデジタル化の行き着く先は、まだ明確になっていません。はっきりしているのは、ここで失敗すると、日本の産業現場は、上空のみならず低空の制空権も失い、それこそ世界競争における草刈り場ともなりかねないということでしょう。それは、技術力や現場力はあっても浮かばれない、という状況がこの先も長く続くことを意味します。これは避けたいところです。かねてより現場は強いが戦略が弱い傾向のあった日本の産官学にとっても、一つの勝負どころといえるでしょう。

3回にわたった「デジタルものづくりと三層分析」は、ひとまず終了します。

 

◆藤本隆宏(ふじもと たかひろ)
一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事、東京大学大学院教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長。1979年東京大学経済学部卒業、三菱総合研究所入社、89年ハーバード大学研究員、90年東京大学経済学部助教授、96年リヨン大学客員教授、INSEAD客員研究員、ハーバード大学ビジネススクール客員教授、97年同大学上級研究員、98年東京大学大学院経済学研究科教授、2002年日本学士院賞/恩賜賞受賞、04年ものづくり経営研究センターセンター長、13年一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事。「生産マネジメント入門〈1〉」(日本経済新聞社)ほか著書多数

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