製造現場を活かす「ボトムアップIoT」連続シリーズとして、中小製造業でのIoT成功事例を基に、IoT実践のシナリオを連載している。1回目はシートメタル業界でのIoTの実態と『情報の5S化』の観点から『ボトムアップIoT』の必要性を紹介し、2回目では、ドイツと日本の国民性における製造業の違いを浮き彫りにしながら、ドイツの『トップダウンIoT』と日本の『ボトムアップIoT』の違いを論じてきた。
シリーズ第3回の今回は、日本の中小製造業における「IoTの成功事例」を紹介し、『ボトムアップIoT』の有効性を検証する。
筆者の会社(アルファTKG)では、数多くの中小製造業でIoT構築のお手伝いをしてきたが、ボトムアップの考え方を実践した企業が、IoTの成功事例となっている。『ボトムアップIoT』という言葉は、辞書を引いても出てこない。『ボトムアップIoT』とは、製造現場の熟練工ノウハウや製造現場の実態(設備や業務フローなど)を大切にして、拡張型で段階的にIoT(デジタル化)を実現していくやり方の造語である。『トップダウンIoT』では、デジタル一辺倒で、理想的な「デジタルものづくり」を進めようとする哲学が根底にあり、製造現場のノウハウなど過去に育んできたアナログ要素(熟練工のノウハウや独自の業務フローなど)が無視される傾向がある。
日本の製造業において、IoTへの関心はあるものの、なかなか満足が得られるシステムに巡り合う事ができず、実践を躊躇(ちゅうちょ)している経営者も多いのは、トップダウンが潜在的に馴染めないからである。
『トップダウンIoT』の本質を知れば、アナログのノウハウを持たないアメリカや中国・韓国などが『トップダウンIoT』を推進し、強い製造業を創造しようとする戦略は容易に理解できる。しかし、我が国だけはずいぶん事情が違う。日本はものづくりノウハウに満ち溢れた国である。日本だけが世界中で唯一『トップダウンIoT』の馴染まない国と言って過言ではない。
本来ドイツも日本と同じではないか? と考えがちであるが、インダストリー4.0の旗印のもと『トップダウンIoT』を推進するドイツ事情と日本との違いは、前回のシリーズ②で寄稿したとおりである。
日本は依然として世界をリードする「ものづくり大国」である。その源泉力は、育まれた「アナログノウハウ」と「デジタル化された設備力」である。日本のものづくりは、大企業・中小企業にかかわらず、日本列島津々浦々「独自のアナログ的ノウハウ」で差別化され、歴史の結晶としてものづくりを完成させた唯一の国である。従業員のモラル・設備力・集積度のどれをとっても日本に秀でる国を探す事はできない。また日本のものづくりは、中小製造業に至るまで、コンピュータ活用による独自の業務フローの確立(生産管理・工程管理など)や自動化・ロボット化も非常に進んでいる国である。
このように、アナログ・デジタルの両側面で、重要な現有資産を持つ日本の製造工場がIoT化を図るには、現有資産を大切にしたアプローチが必須であり、『ボトムアップIoT』こそ成功の要因であることに疑いの余地はない。
では、具体的に『ボトムアップIoT』を成功させている企業の実例を紹介していきたい。ここで紹介する成功事例は、決して「手段としてのIoT」の事例ではない。「製造工場の担当者がセンサーを使って簡単にIoTを実現した」「スマホをうまく製造現場で使ってIoTに成功した」など、IoTのお手軽実践の素晴らしい事例紹介を散見するが、『ボトムアップIoT』の成功事例は、第4次産業革命のイノベーション(クラウド・人工知能・RPA等)を本格的に活用した、経営そのもののイノベーション/経営革命の事例紹介である。
IoTによる「見える化」や「ペーパレス化」などが、目的として論じられる事が多いが、これはあくまで手段であり、目的ではない。千葉県の精密板金製造業を営むH社は『ボトムアップIoT』の成功事例企業である。H社はIoT導入後、3年間で売り上げが30%以上アップし、年商10億円を突破したが、従業員数は40人をキープし、利益率が数倍に拡大した。その秘訣は、現有資産をそのまま活用し、工場内に点在するあらゆる情報をクラウド化。個人情報を社有化する仕組みの構築から始めた事である。
IoTシステムにより、この数年で、熟練工ノウハウや検査票、図面や見積書などに始まり、各担当者の残業実績などデジタル化された蓄積データが増え、人工知能などでの情報解析が進んだ結果、情報を探す時間に圧倒的な変化が生まれ、段取り時間の大幅削減や、経営スピードが上昇した。結果として「見える化・ペーパレス化」が自然に実現し、究極のスマート工場が誕生した。
福島県のA社は、IoT導入以降、年間売り上げが50億円を突破し、海外進出を視野に入れた拡大計画を遂行中である。その入り口は、現有資産をそのまま活用し、図面情報の3次元化とクラウド管理である。今までできなかったBOM(部品表)や工程表の一元管理が実現し、クラウドPDMを構築した。これにより親会社の短納期設計に寄与し、リピート加工では全てのノウハウが見えるので、「リピート2度作り」が撲滅し、見える化により、会社の仕組みがガラッと変わり、売り上げと収益が急上昇した。
紙面の関係で、成功事例の続編は次回とするが、この成功事例のように、アナログが差別化エンジン、デジタルが成長エンジンとなり、両翼エンジンで発展する日本のものづくりの姿が『ボトムアップIoT』であり、真の日本式インダストリー4.0である。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた