『中小製造業のIoT成功シナリオ』連続シリーズとして、中小製造業でのIoT成功事例を基に、IoT実践のシナリオを連載している。
1回目はシートメタル業界でのIoTの実態と『情報の5S化』の観点から『ボトムアップIoT』の必要性を紹介し、2回目では、ドイツと日本の国民性における製造業の違いを浮き彫りにしながら、ドイツの『トップダウンIoT』と日本の『ボトムアップIoT』の違いを論じ、シリーズ第3回目では、日本の中小製造業における「IoTの成功事例」を紹介し、『ボトムアップIoT』の有効性を検証してきた。
ボトムアップIoTは、中小製造業にとって新しい「ものづくり」を創造する『必需品』であり、『ボトムアップIoTを実践した企業のみが勝ち残る!』と言っても過言ではない。シリーズ4回目となった今回は、日本の中小製造業が『ボトムアップIoTを必要とする理由』を検証し、具体的実践に参考となる新技術(イノベーション)に触れていきたい。
日本がものづくり王国として世界に君臨してきたことは、歴史的な事実であり、また日本製造業を取り巻く環境は、新興国の台頭により、多くの課題を抱えているのもまた事実である。日本のものづくり『現場力』は、自他ともに認める強さである。強い現場力による、優れたQCDは日本のものづくりを支える力である。強い現場力とは、職人の技であり職人のモラルや精神論である。諸外国と比較し、日本が圧倒的に優れる「現場力」は、日本人が認識する以上にアジア各国からの宿望の的となってきた。
1990年代より台頭した中国・アジアの製造業は、日本のものづくりをお手本に「日本に追いつけ追い越せ」を合言葉に脇目も振らず積極的な投資戦略を行い、日本の優れたものづくりを学び、日本のものづくりを導入しようと、日本企業への積極的なアプローチを行った。折しも日本では、バブル経済崩壊により、多くの企業が「海外シフトが、生き残り戦略だ」との声が企業経営陣に充満し、大手製造業は揃って「海外製造拠点」を経営方針に定め、多くの経験豊かな技術者・技能者が海外に派遣されていった。中国はじめアジア諸国に(虎の子の)ノウハウを惜しみなく提供した「愚行」の始まりである。
熱病にかかったような「大手製造業のグローバル化戦略」の結果はどうであったか? 家電メーカの衰退事例を筆頭に、多くの企業が中国や韓国企業に破れ、日本製造業の大きな課題となっていることは、周知の通りである。これらの貴重な経験は、中小製造業の『ボトムアップIoT』の必要性を物語っている。
現場力=製造ノウハウを「貴重な財産的価値」と認識し、(海外流失ではなく)社内に留保し、未来の武器に変えることが生き残りの絶対条件である。特に中小製造業においては、これらの実現こそが「最優先される経営課題」であるが、幸いにして、これを実現する「最先端技術」が身近に活用できる時代がやってきた。
暗黙知となっている「現場力=製造ノウハウ」をデータとしての形式知に変えるIoT技術。この代表例が、RPA(ソフトロボット)や人工知能、そしてクラウド技術である。これらの技術は、世界中の製造業が注目する最先端技術であり、中国・アジアの製造業でも積極的に活用されている。
タイ・バンコクにあるJ社は、従業員1000人を擁するアジア最大の精密板金企業である。日本にも社歴の長い2万社を超える精密板金企業が存在しているが、J社は精密板金を手がけ15年弱の期間で現在の規模まで発展した。たった15年で、日本の老舗企業2万社を抜き去り、売上高・設備力ともにアジア名実№1に躍り出たのは脅威であり、日本のものづくりを再考させる事例である。
J社の発展秘訣は、徹底的な自動化とIoT化である。世界中から最先端マシンと自動機器を導入し、徹底的な自動化運転を実現している。IoTの実践では世界の最先端を貫いており、PLM/ERPとインテグレーションされた最先端クラウドシステムは、圧巻である。RPAや人工知能が活躍し、200台を超える現場クラウド端末により、製造現場はペーパーレスと見える化が徹底し、完璧というべきスマート工場を実現している。
主力取引先エアバス社はじめ欧米企業からも、「J社は、真のインダストリー4.0実現工場だ!」と驚愕や称賛の声がきかれ、日本企業からの受注も増加し、国際企業として大きく発展している。順風満帆のJ社であるが、J社経営陣は自社の最大弱点として「現場力」をあげている。「日本の中小製造業」には、J社経営陣がうらやむ現場力があり、J社を超える潜在的な発展性に疑いの余地はなく、大きなチャンスがあると明言できる。
日本列島津々浦々に存在する中小製造業の現場力は、江戸の時代から数百年以上に渡る歴史に育まれた先人からの贈り物である。日本のものづくりは、歴史的に顧客の要求に応える「職人の技」に支えられてきた稀有な国である。大量生産のQCDでは「顧客起点のQCD」は忘れ去られてしまったが、インダストリー4.0/IoTのめざす世界は明らかに『顧客起点のQCD』であり、日本の歴史的なものづくりの具現化である。
しかし、優れた職人による現場力は、職人の老齢化とともに消えてしまうので、職人依存の現場力では未来の創造はできない。ところが幸いなことに、最近台頭したRPA(ソフトロボット)や人工知能、そしてクラウド技術の活用でデジタルデータに変換でき、価格的にも中小製造業が活用することが可能となった。
中小製造業がこれらの技術を活用することで、現場力を強化した「組織的かつ自動化」で未来につながる「デジタル的なものづくり」が可能となり、アジアのJ社に対抗する日本式インダストリー4.0が実現する。それこそが『ボトムアップIoT』の真髄である。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた