打ち合わせ前の準備が肝要
技術者の中には、「とりあえず話をしよう」という発言をする中堅以上の方が意外にも多いことに驚きます。この手の発言が多いことはすべてとは言いませんが、長い目で見るとあまり好ましいことではありません。今日のコラムでは「とりあえず話をしよう」ということの問題と人材育成に向けた解決方法について考えてみたいと思います。
技術者人材育成に好ましくない「とりあえず」
技術者人材育成で最も大切なのは育成に使用する時間を、指導者側と若手技術者側に捻出させること。限られた時間の中で結果を出すためには時間をいかに大切にするかを常に考えなくてはいけません。
イメージは沸くと思いますが、「とりあえず」という前置きがついている時点で論点が定まっておらず、必要以上に打ち合わせの論点が飛んだり、理解を深めるために話す時間が長くなるという傾向があります。
得てして「とりあえず話をしよう」という方に多いのが、話しながら論点を整理していくタイプの方。性格やそれまでの経験により構築されている場合が多く、一朝一夕で変わるものではありません。しかもこのタイプの方との話は一般的に聴く側としてストレスがたまるだけでなく、業務効率を落とす一因になっていることを認識しなくてはいけません。ではどのようにしてこのような状況を改善すればいいのでしょうか。
話しながら整理する思考回路を改善するためには「技術者としての論理的思考力を鍛え上げる」というのが答えとなります。これだけだと抽象的なので「とりあえず話をしよう」を例により具体的に説明します。
結論から先に言うと、「打ち合わせの前の段階で話をしたい内容と決めたいことを明文化する」ということです。論理的思考力で最重要なのは、「いろいろ話したいことはあるけれども、打ち合わせの中で他の人の時間も使って打ち合わせをすべき最重要点を抽出する」というものがあります。
自らを客観的に見つめることができるのが論理的思考力の根幹ですが、打ち合わせを例にすると打ち合わせを行う前にその目的と目標(決めたいこと)を明確化し、それを文章という形で誰にでもわかるように示す、ということが最も効果的な鍛錬となります。
もしご自身が打ち合わせをしたいと思ったケースを思い浮かべてください。事前に話したい内容と決めたいことの精査を行えていますでしょうか。そしてそれを文章という形で具現化できていますでしょうか。
これらの問いかけに即答でYesと回答できる方は基本的な打ち合わせの進め方を理解している方です。もし答えがNoという方はこれを機に意識してみることをお勧めします。
技術者人材育成にも応用できる「打ち合わせ準備」という概念
上記で述べてきたことは技術者人材育成にも応用できる考えです。若手技術者の育成において極めて効果的なものの一つに、「打ち合わせの議長をやってもらう」というものがあります。いろいろな企業の考え方があるので一概には言えませんが、できれば5年目まで、年齢的にいうと30代前半までに経験させることが重要です。
やはり技術者人材育成は何といっても若いうちに進められるか否かで勝負が決まるといっても過言ではありません。議長として振る舞うことは聴講者としてとりあえず座っているよりもずっと多くのことを学べます。この時に重要なのは上述の通り、「打ち合わせ実施の前の段階で打ち合わせ開催目的と決定したいことを明文化する」ということを徹底させることです。
打ち合わせの有効性は打ち合わせ準備の段階で80%は決まるといっても過言ではありません。若いうちからこのような鍛錬を積んでおけば、技術者としての専門性を成果につなげる論理的思考力を鍛えることはもちろん、年をとってから組織全体を常に客観的に見ながら、「具体的にどのようなことを行えばいいのか」という指示を出せるマネジメント層へと成長していくでしょう。
このような人材が増えれば結果的に業務効率が改善し、有意義な打ち合わせが増えると思います。そして時間の捻出が可能となることで技術者人材育成が活性化し、組織が強くなっていきます。
「とりあえず話をしよう」ということが横行していないか、そして自らもそのような発言をしていないか振り返っていただければと思います。
◆吉田州一郎(よしだしゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社 代表取締役社長、福井大学非常勤講師。
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。