熟練技術者×AIこそが技術革新を生む
三菱電機と産業技術総合研究所(産総研)は、いま工場で大きな時間と手間がかかっている生産準備作業について、AIを活用して効率化できる技術を開発した。
これまで熟練技術者が担っていた生産準備作業を誰でもできるようにし、生産性を上げるための技術だが、これが進むと熟練技術者の仕事や役割はどうなるのか? また、AIが最適な設定を作れるようになると人が技術を身につける意味はあるのか? AIと熟練作業者、さらには日本の製造業の競争力強化について考える。
熟練技術者が担ってきた生産準備をAIで効率
生産準備作業とは、製品を設計した後、ワークや工程に応じて最適な作り方や条件、パラメータを見つけ出し、加工機械や製造装置のプログラム設定を行う作業のこと。この作業を経て製品ははじめて生産に入る。
最適なパラメータを見つけ出す技術は一朝一夕には身につけることはできない。長年の経験がものをいう世界だと言われる。そのため多くの工場では、生産準備作業は工程もワークも装置も知り尽くした熟練作業者が担当することが多い。
大量生産の時代ならともかく、カスタムや多品種少量が求められる今の時代、生産準備作業をいかに素早く行えるかが生産性のカギを握る。しかし日本の製造業は人手不足に直面しており、なかでも熟練技術者は足りないと言われる。それに対し三菱電機と産総研はこのほど、三菱電機のFA機器・システムに関する技術と産総研のAI技術を融合し、効率的に生産準備作業が行える技術を開発した。
1週間かかっていたプログラム作成がAIで1日に
今回開発したのは、サーボシステムの位置決め制御の最適化、産業用ロボットの異常動作の判定、レーザー加工のワークの画像検査をAIで行うというもの。簡単にまとめると、あらかじめ目標値や異常値等を教え込ませておくと、AIがそれを実現・解決するパラメータや加工条件、プログラムを自動で生成してくれる。
具体的には、位置決め制御では、従来は熟練作業者が2種類18個のパラメータを1週間以上かけて調整していたものを、AIを活用することで8種類720個のパラメータを1日で自動最適化。さらに位置決め時間を最大20%短縮できるという。
産業用ロボットの異常動作の判定については、これまでは熟練作業者が異常動作時の力覚センサの出力データから試行錯誤して修正プログラムを作る必要があった。それに対してAIに異常動作判定を学習させることで異常判定が容易になり、修正プログラムの作成時間が3分の1になった。
レーザー加工のワークの画像検査については、熟練者が目視でワーク品質をチェックし、加工条件の変更を行っていたのに対し、AIで加工品質を自動判定でき、熟練技術者に頼らず最適な条件出しができるようになるという。
熟練作業者のやり方をベースに、AIがさらに情報処理の能力を強化し、従来以上の精度と効率化を実現した。
使い勝手を改善し早期実用化へ
とは言え、あくまでこれは技術開発の段階。製品やサービス化されるのはまだもう少し先のこと。
三菱電機では2017年からAI技術ブランド「Maisart(マイサート)」を立ち上げ、各分野に応用し、認識・識別、原因の推定、予兆検知、最適制御、自動化に取り組み、FA分野はもちろん、電力・社会インフラ、自動車や家電、無線通信、エレベータ、ロボット、画像認識など広く進めており、今回の技術も「技術的なハードルはクリアしているが、現場に入れるためには使い勝手の改修などが必要。それが出来次第、できるだけ早く Maisart の一つとして実用化したい」(三菱電機 先端技術総合研究所の水落隆司所長)としている。
AIで熟練技術者はいらなくなる? →答えはNO
熟練技術者の技術や経験、ノウハウがAIに落とし込まれ、業務が平準化して誰でもできるようになるのは、経営者や業界にとって歓迎すべきこと。しかし、それでは熟練技術者の今後や人が技術を学ぶ意義はどうなるのだろうか?
AIが人の仕事を奪うとよく言われるが、熟練技術者も技術と知恵を提供した後はAIに取って代わられる、AIで最適解が出るのであれば人が加工や制御といった技術を身につける必要はなくなるのではないか? 水落所長にそんな疑問をぶつけたところ、これからは逆に熟練技術者のノウハウと技術こそ必要なのだと断言する。
「熟練技術者をベースにAIで作業を効率化し、次はAIが導き出した結果を熟練技術者が見て改善していく。このサイクルによって技術が高まり、技術革新につながる。これが日本の製造業を強くしていく」(水落所長)
AI×熟練技術者が日本の製造業を救う
日本の製造業の強みは現場力と言われる。現場の技術者を中心として製品の設計や加工技術、生産技術を磨き上げることで今の地位を得た。
大量生産を国内回帰するのは難しい。しかし直動部品や減速機、モータなどの基幹部品や、工作機械や半導体製造装置、産業用ロボットといった製造装置、さらにそれらに連なる精密部品など、高精度・高品質が求められる少量多品種や一品モノ、さらに高い技術が必要な特殊用途といった製品群は、日本企業のシェアが高く、国際競争力もある。技術革新を続けてライバルをリードしていかなければならない。
また国内に生産拠点を構える企業にとって国内工場は研究開発と生産の中心、海外に拠点を持つ企業にとっても国内の生産拠点はマザー工場として、いずれも重要な役割を持つ。ここでの生産性の向上は利益に直結する。現場カイゼンの取り組みを通じた日々の生産性向上は欠かすことはできない。
作るものや使う機械、作る人、材料、納期など、その時々の状況によって最適な加工技術や生産技術、製造現場は変わる。だから工場内は常に変化し、改善をし続ける必要がある。AIやデジタル技術で加工機や製造現場が最適化したと言っても、それはごく一部のごく一瞬の話。状況に応じて変化し、進化させていくのは現場の人の力であり、それをリードするのが熟練技術者である。
製造現場を強くする、現場力を高め続けることが日本の製造業の将来には必須条件だ。AIは技術者の仕事を奪わない。それどころか、AIを使って技術革新を起こし、現場を強くすることが自社のビジネスを守り、新たな仕事を生むことになるのは間違いない。