営業は「売れていくら」の前に「顧客をつくっていくら」の世界である。リピートの多い制御機器や部品の販売員はこの事を忘れている。顧客からのリピート受注や、成長期からずっとやってきた新商品や戦略商品の売り込み活動、あるいは昨今よく言われているエンジニアリング営業やソリューション営業の陰に隠れてしまっているために、見込み客を顧客化していく時も「売れていくら」の方法を取ってしまう。つまり顧客化する方法と売り込み活動は全く別物ということをすっかり忘れているのだ。
顧客からの継続的な売り上げがない業界にとっては当たり前のことが、顧客ありきで営業活動してきた制御機器や部品営業では、忘れてしまっていると言うよりはほとんど経験していない。今は隆々としているこの業界でも、立ち上がりの勃興期では市場は小さくて顧客も少なかった。したがって、顧客をつくっていくことの大変さを経験してきた。
営業に配属になった新入社員の営業研修の講師を務めたのは外部講師であり、優秀な車の訪問セールス経験者であった。制御機器や部品営業のやり方はまだまだ手探り状態であったから、販売員としての身のこなし方、見込み客発見やアプローチの仕方が中心の営業研修であった。
その後、自動制御業界は徐々に活気を帯び始めた。制御機器や部品はどこに使用されているのか、どんな役割で、どんな具合に使われているのかが少しずつわかってきた。まだまだ知っていることは少なかったし制御機器や部品の種類も少なかったが、一応、制御機器や部品の研修カリキュラムが作られた。教材の参考になったのが、ウィリー・ゲールが書いた『心理販売術』であった。
ウィリー・ゲールは、アメリカで有数のお墓のセールスマンであった。彼はお墓を買うまでの見込み客の心理の変化を、一つの体系にまとめて小冊子を出した。お墓という特殊な商材の売り方が、当時は特殊であった制御商品の売り方に合っていたのだ。
現在の営業関係者なら、お墓と制御機器や部品では全く売り方が違うと言うかもしれない。しかし、買い手側から見れば、制御機器や部品も当時は同じようなものだったのだ。そのようなものは要らない。しかしそのうち必要になるという点では同じだった。「そのうち」を早める営業術が、この『心理販売術』だったのである。
この時代は見込み客に商品を売り込む前に、関係づくりが必要だった。最初のアプローチから相手との関係づくりを十分に意識しなければならなかった。少なくとも、無視されないで会話に乗ってもらう関係を作り上げなければならなかった。それには攻めていく販売員が会話をリードして流れをつくっていかなくてはならない。
現在の販売員は、見込み客と最初のアプローチで会話の流れをつくるのに、会社の実力と商材を使って見込み客の歓心を買おうとする。だから販売員は販促物の良さをアピールして、相手から興味を誘い出して会話の流れをつくろうとする。それが見込み客をつなぎ止める関係作りと思っている。
このやり方では新しい時代の見込み客に対して、関係作りの有効点は取れない。新しい時代の見込み客は、何に興味を示すのかがわかるまではやはり、じっくり話し合いが必要になる。だから販促物を使ってYes・Noを突きつけるやり方ではなく、販促物は手土産代わりに持って行って、あまりそれに固執しないことだ。そして説明を主としたコミュニケーションだけでなく、見込み客との関係作りには欠かせない会話力の向上を目指さなければならない。
だから、名刺交換から始まる一連の会話の流れをおろそかにしてはならないのだ。