賛否両論の議論を押し切って、消費税増税が実施されたが、軽減税率やポイント還元など、制度が複雑ですこぶる評判が悪い。
今年7月、MMT(現代貨幣理論)提唱者のステファニー・ケルトン ニューヨーク州立大学教授が来日し、 MMTに関する講演を行った。これをキッカケに、『消費税増税は間違っている』『国債発行残高は借金ではない』『国民は騙されている』との主張が飛び交い、大きな反響を読んでいる。
今日までテレビなどで盛んに語られた『日本は借金大国。消費税を上げないと借金で大変なことになる』といった、『消費税増税、必要論』の話を真っ向から否定する主張である。確かにテレビで『日本は借金で大変だ!』と言われても、違和感を覚える人も多かった。事実、日本は海外債権が多く、世界一の金持ち国家である。国の財政収支の上で『歳出が歳入を上回り財政赤字となり、国債の発行残高が増え続けている』のが実態であり、借金とは違う。
ステファニー・ケルトン教授が主張するMMTとは、「Modern Monetary Theory」の略で、教授の解説によれば『日本や米国のように、自国通貨を発行する政府は自由に貨幣供給をしても問題ない』とのことである。つまり『日本の財政赤字も赤字国債も全く問題ではない。緊縮財政も不要。消費増税も不要で、いくらでも赤字国債を発行できハイパーインフレは起きない』という夢のような論理であり、『もっと国債を発行して需要を掘り起こせば、日本はもっともっと豊かになる。供給限界まで国債は発行でき、日本はそれができる最良の国である』と説き、世界中で話題となっている。
半面、日本政府は財政安定化を目指しており、プライマリーバランス(国の財政収支での歳入と歳出のバランス)を重要視しているため、MMTとは真っ向から対立する。特に主流派経済学者の多くはMMTに否定的であり、『日本政府もMMTを肯定していない』と言われている。
しかし、プライマリーバランスを重要視するあまり、緊縮財政を継続し、増税を強いる政策を続ければ、日本経済は完全に頓挫することは明らかである。また、緊縮財政は日本の安全保障に重大な懸念をもたらしている。
防衛面では、米国依存に限界があり、自国防衛の必然性が増している。また、台風19号による日本列島の随所に発生した大惨事から、改めて災害予防の必然性を思い知らされた。水害・風雨・地震などへの将来への備えのためにも国土強靭化は重要課題であり、好むと好まざるとに関わらず、大型の建設国債を発行し国土強靭化に大至急取り掛かる必要がある。
一方で、今日まで極めて順調であった日本経済は民間需要が減少し、リセッション(景気後退)の危険信号が点滅している。工作機械受注は、リーマンショック並みの落ち込みである。消費増税の影響やオリンピック不況などの危惧もあるが、世界経済のリセッションも深刻である。
米中貿易戦争による中国や韓国の悪い状況は、各紙の報道の通りであるが、EU(欧州連合)の悲劇についてはあまり報道されていない。EU加盟国は自国の主権を持てない国家の集合体である。日本や米国のように自国通貨を持たず、国債の発行も自国ではできず、MMTの論理も通用しない不自由な国の連合体である。かつては、グローバル化の理想的な姿としてもてはやされたEUは、もはや満身創痍で、EU崩壊の危険もはらむ問題が山積している。
EUはこの数年災難続きである。 特にドイツ経済のリセッションは深刻であり、中国輸出の減少がリセッションに拍車をかけている。
英国のブレグジット(EU離脱)問題も、EUに大きな影を落としている。キャメロン前首相が行った国民投票は、予想や期待に反し、離脱が決まってしまった。移民問題やEU以外の貿易交渉すら自国の意思でできない事に不満を持つ『誇り高き英国国民』の声である。英国が、ブレグジット実現への困難を乗り越え、完全な国家主権の回復を勝ち取れば、英国には明るい未来が開けるかもしれない。
しかし、ブレグジットによって最も悪い影響を受けるのはドイツである。ドイツのEU各国への影響力低下は必至であり、28カ国で構成されるEUは、各国の利害が一致せず、離脱希望国が続出する可能性を秘めており、EU崩壊の大惨事が起きるかもしれない。
EUは、グローバル化の象徴である。グローバル化の弊害がEUを直撃している。EUが崩壊する時、グローバルという言葉が終焉を迎える時であろう。
今、国際社会で起きている葛藤は、グローバル化と非グローバル化の戦いである。日本やドイツは依然としてグローバル化を死守する一方で、英国や米国は非グローバル化を進めている。 日本では、自国第一主義を否定し、トランプ大統領の米国第一主義を危険思想として批判する報道が多いが、従来施策に固守せず、日本でもグローバル主義一辺倒を見直し、日本第一主義を考えても良いのではないだろうか。
日本第一主義とは、日本津々浦々に存在する中小製造業が名実ともに国際的競争力を持ち、地元の発展に貢献する企業の創出であり、海外進出から国内シフトを強烈に推進することである。 経営資源を地元に集中し、社員やお客様、そして地域住民とともに発展する国際的中小企業こそ、 日本の発展を支える大きな原動力となるだろう。
これが実現できるのは、全国津々浦々に製造インフラを保有し、名実ともに長き歴史と主権を持った国家『日本』だけである。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。