アクセンチュア株式会社
デジタルコンサルティング本部 マネジング・ディレクター 澤近 房雄
私たちのくらしや仕事は、今、急速にデジタル化している。指数関数的な勢いで変化する世界において、日本のものづくりもまた、大きな転換点を迎えている。日本の製造業はなぜ変わり、どう変化しているのか、そしてこれからどうなっていくのか、考えてみたい。
1.製造業におけるデジタル技術の適用が進む要因
日本の製造業において、デジタル技術適用が進む要因は大きく2つある。
ひとつは、製品のスマート化、そしてそれをベースにしたサービスの事業化である。これにより、市場の構造が機能の提供を前提とするものから、成果を提供するエコシステム プラットフォームへと変容し、デジタル技術が益々重要になっている。
もうひとつは、労働人口の減少により、生産現場における労働力の確保が非常に難しくなっていることである。少人数での効率的な操業、あるいは無人操業への要求が、かつてないほど高まりつつある。
2.製品のスマート化、サービスの事業化により喚起される、デジタルスレッド/デジタルツインへのニーズ
一般的な製品における価値の源泉は、過去50年で大きく変遷を遂げた。1960年代には、機械的な機能そのものに価値があったが、1980年代には、電子回路が大きな存在となり、2000年代には、製品全体の価値の半分以上が電子回路とソフトウェアで占められるようになった。そして、今後は、人工知能(AI)やデータ分析など、デジタル技術が益々重要となると予想される。
スマートフォンやAIスピーカーなど、一部のスマートプロダクトはすでに市販されているが、今後はさらに多くの製品がスマート化の対象になると思われる。そして、あらゆる産業において、これらスマートな製品を組み込んだプラットフォームをベースに、各種サービスが事業化され、エコシステムが形成されていくだろう。
スマートプロダクトとは、ただ単に製品に内蔵されたマイクロプロセッサが高性能・高機能になることだけではない。各種センシングデバイスの搭載や、タッチパネル機能付きの多目的ユーザインターフェイスなど、製品を構成する技術要素が増えて、製品の構造が複雑化することである。
また、製品は通信機能によって常時クラウドと連動している状態になる。マイクロプロセッサの負荷となるような複雑な演算はクラウドが担うこととなり、その結果に基づく比較的軽微な処理のみ製品側で行うのである。
つまり、機能や実装ごとにインターフェイスを規定して、分断されたモジュールごとの管理を導入しても、それには限界があり非効率である。そこで分散配置されて、複雑に構成された製品の定義を一体のものとして取り扱うために、デジタル技術を活用し、複数の部署間にまたがった製品ライフサイクルにわたる業務プロセスの効率化を行う必要が生じる。このようなニーズによって、プロダクトライフサイクルマネジメント(PLM)への投資が加速しつつあるのだ。
3.労働人口の減少により加速される、自動化と製造実行システム(MES)導入
労働人口の減少という日本が抱える社会的課題が、すべての産業を直撃している。もちろん、製造現場も例外ではない。紙の伝票やホワイトボードを使った情報連携、PCへのキーボード入力など、人手による操業が成り立たなくなっている。
一方、工場IoTの導入が推進されることによって、現場の業務負荷がさらに増している。スポットに導入されたデジタル機器が、分断された情報の「孤島」を作る、という現象が起きているのだ。結局、人手によるデータ回収ができず、日々、多くの生産IoTデータが生成・蓄積されるものの、記録容量を超えてしまい、活用されないまま廃棄されている。
このような業務だけではなく、直接製造にたずさわる要員の確保も難しいため、企業は国外から労働力を得ながら積極的に人材を採用し、また離職を防ぐべく魅力的な職場づくりに向けて努力を重ねている。しかし、積極的な採用活動を展開しても、そもそも人材市場が枯渇しているため、人員確保が厳しいというのが現状である。
そこで、かつては優秀な人員による優れた製造体制を誇っていた国内の製造業においても、人に頼りすぎない操業へと舵を切りつつある。省人化/無人化操業のため、さらなる自動化への投資が加速され、結果、産業オートメーション業界は活況を呈している。
最新のデジタル技術を適用すれば、今までの標準的なシーケンス制御では実現が難しかった高度な制御が可能になる。各種センサや、マシンビジョンから供給されるデータを活用し、様々な分析手法やAIなどを適用して分析モデルが生成される。この分析モデルを制御系に組み込むことによって、制御パラメータを動的に自動再設定して、今まで人に頼っていた微妙な調整や段取り替えなどの作業を自動化できる可能性がでてきている。どうしても人に頼らざるを得ない工程では、ウェアラブルPCや拡張現実(AR)などの技術を適用して作業効率を上げるなど、一人当たりのアウトプットを増やすための施策がとられている。
さら高度にデジタル化された工程をネットワーク化して、製造実行システム(MES)や生産スケジューラ(APS)に統合させることによって、生産工程と基幹系のシステムが連動する。こうして、生産計画から生産指示、実績の収集など、人手に頼っていた作業が自動的に実行できるようになる。さらに、工程データと関連付けされた生産IoTデータがデータベースに格納されることによって、分断された情報の「孤島」から、活用できる情報として価値を生む存在となることが期待される。
4.今後の方向性と課題、デジタルネイティブへの期待
以上、デジタル技術適用の要因を、製品のスマート化とサービスの事業化、および労働人口の減少として個々に述べてきた。
これらが現在向かっている方向は、デジタルスレッド/デジタルツインという形で合流した。そして、各システムがバリューチェーン/サプライチェーンを通して互いに接続され、製品のライフサイクル全体を通して効率的な経営を行うことが、製造業の当面の目標になっている。製造プロセスも、この大きな仕組みの中に組み込まれていき、局所的な課題に取り組むのではなく、全体最適を目指して貢献することが求められている。
ところが、企業によっては部署ごとの縦割り経営の文化が根強く、障害となるケースもみられる。トップみずから主導して業務プロセスを広範に変革し、次世代のシステムの導入へ向けて効率化する必要がある。
現在アクセンチュアでは、製造業の顧客と共に、製造プロセスへのデジタル技術の適用プロジェクトに取り組んでいる。その際に重要なことは、デジタル化の目標をどこに設定するかということである。完全に自動化された無人工場を想定した場合と、省人化を想定として少人数での操業を図ることを想定した場合では、適用するデジタル技術も、アプローチも異なる。
ここで注意しなければならないのは、全体的な構想がないまま、デジタル技術を投入することだ。これでは限定的な効果しか期待できない。工場経営には今まで以上に、システム全体を俯瞰して構想を練るための知見と判断力と実行力、ガバナンスが求められているのだ。
今後、製造業において重要になってくるのは発想の転換だと言えるだろう。
改善活動に代表されるような、既存の大きな枠組みの中で思考を巡らせるのではなく、枠組みごと変えてしまうような改革が必要だ。AIを含むデジタル技術により、スマートプロダクトによるソリューションが適用されるようになると、今まで不可能であったことが現実のものとなる。これからは、無意識に行っていた発想の制限を取り除くことが、大きな成果を生むカギとなる。
デジタルによる改革構想を考える際、既存の物理的制約に縛られて、その上でデジタル技術を活用するのでは、大きな効果は期待できない。いったんフィジカルな世界から離れ、より自由度の高いサイバースペースで理想的な製造とは何かを考えてみる。その後、逆にシミュレータ上で物理的な制約を追加していき、実現可能な製造を行うような発想の転換が求められているのではないだろうか。
2007年にアップルがiPhoneを市場に投入してから世の中は大きく変わり、スマートフォンありきの生活が始まった。デジタルありきで物事を考える、デジタルネイティブな若い世代が日本の製造業をより革新的で競争力のあるものへと、けん引していく姿に期待を寄せたい。
参考文献:ものづくり「超」革命 「プロダクト再発明」で製造業ビッグシフトを勝ち残る
(著者:エリック・シェイファー、デビッド・ソビー、監訳者:河野真一郎、発行:日経BP)