ユニバーサルロボットの協働ロボット「URシリーズ」の最大の特長は「シンブルでカンタンな操作性」。ロボットが手元に届いて設置したら、誰でもすぐに動かすことができる直感的な操作性が高く評価されている。そのためロボットの専門家でなくても簡単にティーチングができ、しかも短時間でできるため、少量多品種で段取り替えが多い作業工程や、「助っ人」としてさまざまな工程を助けて回るようなケースでは、その運用の柔軟性が威力を発揮する。
そんなURの強みを活かし、数ある溶接技術のなかでもTIG溶接のロボット化を実現したのが、ファブエース(横浜市都筑区、尾坂明広代表取締役)と、クフウシヤ(相模原市緑区、大西威一郎代表取締役)が共同開発した「Co-TIGWelders」だ。
技能者不足が深刻化している溶接業界
溶接作業のロボット化の歴史は長く、主に自動車業界が牽引してきた。日本ロボット工業会の用途別受注・生産・出荷統計によると、2018年の産業用ロボットの国内出荷台数5万9068台のうち溶接向けは9556台。出荷台数の約6分の1を溶接ロボットが占め、台数も2014年の7023台から、2015年6456台、2016年8511台、2017年7998台へと年々増加傾向。溶接作業は産業用ロボットの主要アブリケーションとしてすでに確立されている。
しかしTIG溶接に限ると、TIG溶接はアーク溶接の一種で、薄板や複雑な形状など、精密さが要求される溶接を得意とし、板金業界や金属加工で広く使われている。これらの業界は少量多品種やカスタム加工が多いため手溶接が中心で、自動化やロボット化はまだまだ。その一方で溶接技能者の人手不足は年々深刻化しており、その対策が急務。
その解決策として開発されたのが「Co-TIGWelders」だ。
「Co-TIGWelders」のメリット
①導入・設置しやすいシンブルなシステム
「Co-TIGWelders」は、協働ロボットでTIG溶接を可能にしたロボットシステム。少量多品種のワークが多い板金業界向けに最適化され、溶接技能者の作業を手助けし、溶接作業の生産性の向上と品質の安定化を実現する。さらにベテラン技能者の技術継承にも効果的だ。システム構成について、必要なハードウェアは5kg可搬の「UR5」とTIG溶接機のみ(定盤と固定治具はオブション)。協働ロボットなので安全柵で囲う必要はなく、定盤の上に設置して100Vの電源を挿し込むだけで設置が完了。センサやカメラシステムなど周辺機器・設備もいらず、シンブルなシステムで、現場に導入しやすいのが第一の特長だ。
②直感的な操作を通じて誰でも短時間でティーチング
少量多品種の場合、多くの案件をこなすためには「段取り替えの時間短縮」が生命線となり、それに対応する操作性も重要な要素。TIG溶接でロボット化が難しかったのはこの部分で、従来の産業用ロボットではティーチングの専門知識と多くの作業時間がかかり、費用対効果が合わなかった。
それに対し「Co-TIGWelders」は、専用アブリケーションがインストールされていて、電源を入れたらティーチングベンダントのタッチパネルによる直感的な操作で、設定からティーチング、細かな調整など各種操作ができる。さらにロボット本体を手で動かして動作を教え込む「ダイレクトティーチング」に対応し、短時間でロボットが作業できる状態まで持っていくことができる。通常、産業用ロボットでは専門家による1回のティーチングで数時間から数日かかるところを、ダイレクトティーチングではロボット初心者でも数十分から1時間、数時間まで短縮できる。
実際にテスト導入をしたある板金メーカーでは、手溶接で1個あたり20分かかっていた溶接作業が、ロボットを導入したら、ティーチングに20分、溶接作業は1個あたり5分でできるようになった。1時間あたりで比べると、手作業では3個、ロボットで8個となり、1時間あたり5個分の生産性が向上できたという。
③溶接品質の安定化&納期対応力も向上
高品質な溶接の基本は、トーチとワークの距離感と、トーチを動かすスビードの両方を一定に保つこと。人手作業だとそこにどうしてもブレが出て、特に初心者や若手技術者はそれを安定させることに苦労する。ロボットはもともと単純作業を得意とし、設定したスビードと距離を保つのはお手のものだ。
「Co-TIGWelders」はいつでも設定どおりに動き、ベテラン技術者のような高品質なビード形成ができ、安定した溶接品質を実現する。設定条件のブログラムはシステムに保存されるので、2回目以降はそのブログラムを使えるので品質・納期ともに改善。さらに、じっくり動かす品質重視、スビーディーに動かして効率重視など、いくつもの条件を設定しておくことで品質・納期を柔軟に対応できるようになる。
④技能継承&人材育成にも効果的
人材不足とともに問題となっているのが、ベテランから若手への技能継承。少量多品種でさまざまなワークに対応するには豊富な知見と高い技術が必要になるが、日常の業務のなかでそれを引き継いでいくのは難しい。
「Co-TIGWelders」では、溶接のコツをベテラン技能者が若手に教え、その動きをロボットティーチングに取り入れることで最適な条件の数値化が可能。それまでベテランの勘・コツ・度胸で行われていた技能がデジタル化されて若手に継承できるようになる。さらに若手がそのコツをもとにテストを繰り返すことで、もっと高品質で優れた溶接技能の開発にもつながる。またロボットが新しい溶接技術として現場に入ることで、若手とベテランの共通のコミュニケーションの手段になることも期待されている。
【試験事例】
堀内産業、ロボット初心者から1週間で使いこなし成功
「Co-TIGWelders」は、すでにいくつかの板金企業でテスト導入を実施。その一つ、精密板金の堀内産業(神奈川県横浜市港北区綱島東5-6-13、天野勝代表取締役)では、導入初日から予備知識もなく使い始め、1週間でかなりのところまで使いこなしに成功している。
同社では、ロボットをまったく触ったことがなかった若手の溶接技能者が、ダンボールを開梱して1時間程度で設置を完了し、手作りのマニュアルを見ながらティーチングを開始。1回目は出力が強すぎてワークに穴が空いて失敗したそうだが、2回目で成功。コツを掴んでからは毎回、ワークや溶接条件を変えてテストを繰り返し、すでに現場に欠かせないものになりつつある。
「操作はとても簡単。色々と試せるのでとても楽しく、勉強になる」と現場からの評価は上々。「ロボットに作業をまかせることで、自分は次の作業準備や他のワークに取り欠かれるようになった」とし、ロボットとの分業にも手応えを感じた様子で、さらに使いこなしを進めたいとしている。
2020年1月発売、板金業界を中心に展開
「Co-TIGWelders」は2020年1月発売。ファブエースを販売窓口とし、板金業界を中心に展開していく。
問い合わせは、ファブエース(TEL:045-942-5570 または http://fabace.co.jp/)
開発者インタビュー
協働ロボットを使ったTIG溶接ロボット「Co-TIGWelders」の共同開発元であるファブエース専務取締役浅野慎一郎氏と、クフウシヤ代表取締役大西威一郎氏に開発の経緯とこれからについて語ってもらった。
—— 開発の経緯について
ファブエース浅野氏
溶接の技術者が減るなかで、技術者として1人前に育つまでには最低3年かかると言われている。TIG溶接を行っている企業は多いが、そのほとんどが人手に依存している状態。将来に向けて何か手を打たないといけないと常々考えていた。溶接はトーチを一定の高さとスビードで動かすことが基本で、それならロボットでもできる。
しかしロボットは稼働率が命で、止まっている時間が長ければ意味がない。ティーチングに何時間、何日と時間がかかる産業用ロボットは大量生産品なら導入効果は出やすいが、TIG溶接のような少量多品種の場合、それは難しい。そこがTIG溶接のロボット化の難しいところだった。
2年前にEuroBLECH(ユーロブレッヒ)というドイツで行われる板金業界の専門展を見学した際、ヨーロッバの溶接機メーカーがURを使った溶接トーチを展示しているのを見て、これだ!と思った。URはダイレクトティーチングによってティーチング時間が短くて済み、ロボットに慣れていない人でもできる。URなら丁度いいと感じ、以前からの知り合いで、URを取り扱っていたクフウシャの大西さんに相談したのがはじまりだ。
クフウシヤ大西氏
当社はロボットシステムインテグレーターのなかでもソフトウェアを得意としている。URはオープンで、ソフトウェアをJAVA等で開発できるので興味深く、以前から色々といじっていた。そんな時に浅野さんから声がかかってやってみようということになった。
—— Co-TIGWeldersの手応えは?
ファブエース浅野氏
テストでは想像以上の精度が出て、TIG溶接のロボット化という仮説は実証できた。実際に何件かお客様先でテストしてもらったところ、すでに産業用ロボットを使っているお客様から「今までより圧倒的にティーチングがラクに、スビーディーになった。鳥肌が立つくらいすごい」と絶賛いただいた。
産業用ロボットの場合、安全やセットアッブのための研修に数日を要し、それからさらに時間をかけてティーチングを行わなければならない。別のお客様は「URは箱詰めされたロボットが送られてきてから1時間でティーチングを始められた。こんなの見たことない」と驚いていた。
ファブエース宮内氏
私も自ら手溶接とロボットティーチングをして仕上がりを比べてみたところ、私の溶接は見た目も強度も落第点だが、ロボットでやった方はキレイに仕上がっていた。ティーチング初心者のものとは思えない出来で、これなら誰でもできるだろうと確信した。
堀内産業様は、テスト貸し出し中に1回しか電話がなかった。装置を導入した場合、使い方やトラブル対応で何回も問い合わせの電話があるのが普通だが、たった1回しかなく、心配になって様子を見に行ってみたら、現場の方々が自主的にどんどん使ってテストしていて、逆に私のほうがビックリした。
—— 人とロボットの分業について
クフウシヤ大西氏
ロボットはすべての業務ができるわけでなく、便利さの範囲も限定的になる。人でしかできない、人がやった方が良い仕事は必ずあり、ロボットはそれを助けてくれる存在だ。この製品も、人と一緒に溶接作業をやるという意味を込めて「Collaboration(コラボレーション)」の頭文字をとってCo-TIGWeldersと名付けた。人とロボットのお互いの優れた点を引き出してくれるだろう。
ファブエース浅野氏
手溶接では、高出力でスビードを早くする人、低出力でゆっくりとやる人など個人差がある。最終的な仕上がりは同じでも人によって条件は異なることは普通のことだ。ロボット化はそうした多くの技術者の知見を集めて、色々な条件を引き出し、最適なものを見つけ出すことにも役立つ。品質や効率性に加え、技術継承などにも貢献できるだろう。
—— 今後について
クフウシヤ大西氏
もっと使いやすくなるようにソフトウェア・アッブデートを行っていく予定だ。Co-TIGWeldersはシステムの売り切りではなく、長く便利に使えるツールにしていきたい。また当社はシステムインテグレータとしては後発に位置し、FAでもない。ソフトウェア開発力という強みを活かし、URCAPSをもっと活用して差別化を図っていきたい。板金業界のためのアブリを開発し、Co-TIGWeldersから横展開をしていければと考えている。
ファブエース浅野氏
金属加工や板金業界は人手不足で、若い人が少ない。若い人がロボットを楽しく使いながら仕事をする。そんな環境を作り、昔から続く金属加工の担い手を増やしたい。ロボットが板金業界に入りたいと若い人に思わせるような誘い水のツールになることを期待している。