株式会社アルファTKG 社長 高木俊郎
皆さん、あけましておめでとうございます。
年頭にあたり、「2020年の中小製造業の展望」をテーマに、今年の中小製造業の戦略について論じたいと思う。
東京オリンピック開催の年である2020年の中小製造業にとって重要なキーワードは『未来の先取り戦略』であり、『守りは衰退…変化こそが勝ち組へのパスポート』である。未来を先取る攻撃的な経営戦略が求められる年となるだろう。
はじめに、中小製造業を取り巻く国際環境を眺めると、数十年に一度の『歴史的な節目の時がやってきた』と断言することができる。国際社会で起きている『グローバル経済の後退』という大きな潮目の変化こそ、数十年に一度のパラダイムシフトであり、日本の中小製造業を取り巻く最も重要な外部要因である。
好むと好まざるとに関わらず、『グローバル化という』の流れは影を潜め、多くの国から『自国中心主義』の芽が台頭してくるだろう。この変化から中小製造業は決して逃れることはできず、この変化を先取りすることが『中小製造業の戦略』となる。
では、『未来の先取り戦略』は何か?の結論は後半に回し、まず始めに国際社会で起きている大きな変化について注目していきたい。
今日の国際社会が、米中貿易摩擦を震源として、大きく揺れ動いていることは間違いない。表向きに『貿易摩擦』と表現されているが、本質的には米中の覇権争いであり、2020年にこれが簡単に沈静化することは考えづらく、未来の長期に渡って続くと思われる。中国経済の後退は、世界中に悪影響を及ぼしており、アジアを始めとするエマージング諸国での影響は甚大である。
欧州の変化も急激である。グローバル化の象徴であったEU(欧州連合)も、ブレグジット(英国のEU離脱)をきっかけに、加盟国の蓄積した不満が顕在化し、EU崩壊に向かっている。優等生ドイツも沈んでいる。ドイツは、グローバル化を旗印に、EU域内の東欧・南欧を輸出で食い尽くした後、ロシア・中国などへの輸出戦略を成功させ、欧州唯一の優等生として勝ち誇ってきたが、国際的な潮目の変化と中国の経済後退には逆らえない。中国依存に全力を投入したドイツの経済は、強烈な後遺症に襲われている。内需が小さいドイツは、輸出に急ブレーキがかかったことでお先真っ暗闇の状態である。『自国第一主義』は到底受け入れられず、米国や英国など反グローバル主義国家との思想的対立を激化させるだろう。
日本はドイツと違い、輸出依存国ではない。『日本は輸出で食っている』というイメージが先行しているが、実際は内需依存経済であり、ドイツと比べ中国影響は軽微である。日本にとって、米中貿易摩擦による問題は軽微な外傷でしかないが、日本には致命的な持病として、①人手不足 ②大手製造業の弱体化の問題を抱えていることを見落としてはならない。戦後最低の出生数を記録するなど、少子化が進んでいる。中小製造業にとっては、生産年齢人口の激減による人手不足は、企業存続に関わる重要問題であり、この対策を怠った企業の存続は難しい。
また、中小製造業の受注確保にも大きな懸念が存在している。日本の大手製造業は相対的に弱体化しており、これが原因で、中小製造業が長期的受注低迷に陥る危惧がある。かつて全世界に商品を輸出し、世界を席巻した超優良製造企業は、あらゆる業種(家電・工作機械・車など)で厳しい状況に追い込まれていくだろう。残念ながら、昭和時代に世間を席巻した超優良企業が、継続的に時代の先端を走り続けることは非常に難しい。
インダストリー4.0に代表される、最先端技術で日本が世界に勝てる商品は稀有であり、世界潮流とも言えるデジタル・トランスフォーメーション(DX)に、日本の大手製造業は遅れを取っている。中国製造業との激しい価格競争に勝つ見込みもない。日本独特の『ピラミッド構造』はすでに過去のものであり、1社に依存した下請け経営基盤は大きな危険性を伴い、分散受注こそ生き残りの必須条件である。
このように持病を抱える日本にも、中小製造業にとって明るい兆しと戦略があるが、この戦略と打ち手を結論づける前に、アジアの現状を把握しておきたい。
タイ国のバンコクに、ジンパオ社という従業員1000人を超える世界最大の精密板金企業がある。ジンパオの社長は台湾出身のジョンさん54歳である。年末が差し迫った2019年12月25日に、ジョン社長とアジア情勢についてバンコクで長時間に渡り会話した。この会話で、ジョン社長から得た最新情報を披露したい。
ジョン社長が語る2020年のジンパオ最大の課題は、『中国大資本工場の台頭と本格的な競争時代への突入である』と断じ、その実態と驚異、そしてその対応策を赤裸々に語ってくれた。中国大資本工場といっても中国にある工場ではない。米中貿易摩擦の影響で、中国はすでに中国国内での生産を諦め、大資本を投入して新工場をアジア各国に設立し始めている。アジアに設立される工場の規模は巨大であり、経験あるローカル社員を競合他社から高給で引き抜きし、自動化や最先端のIT武装をして、世界最先端の工場を建設している。中国を侮ることはできない。
もう少し具体的な話をしよう。ジョン社長が、台湾から有志を引き連れてタイに進出したのは1990年代後半である。この頃、中国の市場は閉じており、中国経済は眠りの中にあった。ジョン社長は、バンコク郊外に工場を設立して積極的に投資し、会社は急成長した。誰にも邪魔されず成長を楽しむ事ができたのである。
2008年に中国が目覚め、中国政府は積極的な外国企業の誘致を開始した。日本や台湾の企業がこれに応じて、大量に中国に進出した。皆が中国に熱い視線を送ったことで、アジアの他の国は忘れ去られ、タイに本格進出する企業も少なくなった。そのお陰で競合もなく、ジンパオは急成長を遂げている。ジョン社長は『皆の目が中国に向いている間に、タイで急成長することができた』と語っている。
タイにゼロから進出し、十数年で急速発展した理由は、①中国企業との競争がなかったこと②徹底したデジタル化・自動化を推進したことの2点である事を強調している。特にジンパオが急成長した背景には、徹底したデジタル化・自動化が挙げられる。
日本の精密板金企業で普及している生産管理ソフトを導入したが、その使用を断念した。その理由は、『日本で普及しているソフトは閉鎖的で発展性に乏しく、欧州初のインダストリー4.0を実現できない』と判断し、大規模なソフト・IoT投資に踏み切った。
一方で、日本の企業でも導入の難しい日本メーカーの最先端マシンを複数台購入し、徹底的な自動化とデジタル化を実現した。この効果は絶大であった。生産性向上は勿論のこと、欧州・米国の大企業が注目し、受注が急増した。特筆すべきは、エアバスなどエアロスペース業界からの熱い支援である。困難な航空機製造認可を取得して、大規模なエアロスペース専用工場も建設したことで急成長を遂げている。
このような急成長の背景には、デジタル化・自動化を怠った競合同業者がことごとく消滅した事も挙げられる。成長と繁栄をエンジョイするジンパオに衝撃が走ったのは2018年のことである。中国からタイに進出を目論む中国企業の計画を知ったとき、ジョン社長は青ざめ、心から怯えた。ジンパオに迫る中国企業の規模と自動化指向は半端ではない。2019年に入り、米中防衛摩擦を背景にこの傾向が本格化している。まさに2020年、中国企業との本格的な戦いが繰り広げられ、ローカル需要の価格破壊が起きている。
ジョン社長は、これに対抗する徹底的に戦略的な攻撃に出ている。その企業戦略は、エアバスなど発注元の胸倉に入り込む『エンジニアリング部隊』の強化である。そのために、今年度フランス企業を3社買収した。来年は、ドイツ企業の買収を目論んでいる。製造をタイに集中する一方で、グローバルで強烈なエンジニアリング・設計部隊の構築に入っているのだ。スマイルカーブの実践である。
スマイルカーブとは、事業プロセスを『上流の商品開発』『中流の製造』『下流のサービス』と定義すると、上流と下流に利益があり、中流は儲からない、とする論理である。ジョン社長は、製造・組み立てをタイに集中化する一方で、上流と下流を発注元に近い先進国で展開する『新グローバル体制の構築』を急いでいる。このようなアジアの成長企業経営者のジョン社長の決断は、日本の中小製造業にとっても重要な戦略を内包している。
日本の中小製造業の展望と今後の戦略の結論となるが、日本が長年に渡り構築した優れた製造システムをベースに発展させ勝負する戦略は2つである。
①徹底的な省人化・自動化を具体的に回避する事である。RPAや人工知能など、最先端IoTの導入は必須条件であり、これらの投資による企業体質の変革なくして『未来の先取り』は実現しない。
②次なる重要な経営ジンパオに学ぶ、スマイルカーブの上流と下流の徹底攻略である。従来指向のQCD一辺倒では日本の中小製造業に未来がないことは明白である。輝かしい未来構築のために、1日でも早く行動を起こす事が必要である。
未来の先取りとは、スマイルカーブを再認識し、徹底的なデジタル化を実践に移すことであろう。日本の中小製造業には、世界に誇れる歴史と技能が備わっている。日本の中小製造業の時代が始まろうとしている。かつて流行した『スマイルカーブ』を再認識し、上流と下流への投資が中小製造業の輝かしい未来へのパスポートである。スマイルカーブの示すとおり、上流の商品開発に参加できるエンジニアリングの強化こそ中小製造業の『未来の先取り戦略』であると断言できる。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。