友達同士の会話で「今、何をしているの?」「今は営業をやっている」と気軽に受けて、気軽に答えている。かつて営業のことを販売と言うのが当たり前だった頃に、同級会などで会った友人に「今、何をしているの?」と尋ねられ「営業をやっている」と答えると「営業って何をしているの?」と聞き返された。何となく「販売」とは言いにくかった。
当時、販売はセールスマンであり、営業と言えばビジネスマンというイメージがあったからだ。セールスマンは世間一般的には押し付けて売る押し売りという感覚がまだ残っていたし、セールス部門は、会社の最重要な部門ということが世間ではあまり知られていなかったのだ。
機器部品販売員も、昭和の黎明期では新規開拓のための訪問時にセールスマンに見られたくはなかった。生産工場では、機器や治具を使って加工組み立てをしていた時代であったから、制御機器や部品を本格的に必要とはしていなかった。その現場にセールスマンとして訪問すれば、強引に売りに来たというイメージを与えると思った。だから販売員は何としてもセールスのイメージを払拭しようとしたのだ。
現在の企業や現場では、販売員を押し売りのセールスマンとは思っていない。それでも現在の販売員は新規の見込み客を訪問する時に「私は商品を売り込みに来たのではなく、商品を紹介したいのです」と伝えようとする。販売員は、相手にソフトな感じを与えて嫌がられないように気を使ったつもりだが、相手にとって売り込みも紹介も同じなのだ。
そこで販売員に質問してみた。新規見込み客を訪問した際に「使わない」「困っていないからいいよ」と言われたらどうするのかと。冗舌組と沈黙組に分かれた。冗舌組は「商品販売だけでなく技術サービスもやっています」「納期のかかりそうな在庫も置いています」などと色々な形でお役に立ちますとアピールした。
沈黙組は、「そうですか、何かありましたら連絡お願いします」と言って、その時は帰って来ると言った。ちなみに、その質問に対してほとんどの販売員は即答できずにどうすればいいのかと窮していた。
機器部門販売員が日常的に顧客を訪問するのは、用件や案件の打ち合わせが多い。それらがない時には、新商品や戦略商品の紹介や売り込みがてらの訪問である。したがって、顧客訪問は商品に関するやりとりがもっぱらである。販売員は機能や競合優位をアピールし、使い方で興味を誘う。顧客はそれに対して色々な質問をする。それにスラスラ答えられるように販売員は研鑽努力する。だから平成期に育った販売員は、商品周りの技術的知識や説明力が営業力だと思ってきた。
前述のように、見込み客に断りの言葉を浴びせられると、それに対する準備がないために窮してしまうのだ。これではよほどラッキーでもない限り、新規見込み客を自分の顧客にすることはできない。昭和の黎明期の販売員は、新規開拓がルーティンワークの一つになっていたから「使ってないよ」「忙しい」と言われて「はい、そうですか」と簡単に引き下がるわけにはいかなかった。相手から断りの言葉を浴びせられたら、準備しておいた一歩突っ込んだ質問を試みた。
現在の営業にアレンジして言えば「情報技術が現場に入ってきて新たな生産効率化を目指す企業が増えているようですが、稼働率向上や人の負荷削減はどのようにされていますか?」というような質問をいくつか準備しておいて、断りの言葉の後にそれを相手に浴びせて退散するようなことだ。
現場の技術者は毎日いい仕事をしようと思っているから、販売員の突っ込みに耳を傾けてくれる見込み客が現在でもいるかもしれないのだ。