若手技術者が自分で考えて動いてくれない
ゴールと時間軸を活字で示す
「若手技術者が自分で考えて動いてくれない」という時には、「必要なゴールとそれに到達する時間軸を活字で示した上で、細かいやり方は任せてみる」ということを試してみてください。
若手技術者が自主的に考えて動いてくれない。いつも受け身で仕事が進まない。技術者は特にこれらの傾向が強いようです。個人差があるのは当然ですが、全体的な傾向として、「理系学生は知識を蓄積し、それを知っているということが最重要と考える」というものがあり、これが大きな要因となっていると考えます。
技術系の仕事においてある程度の専門性は当然重要です。しかし、それを学校や専門書だけで学ぶことは困難であり、最短なのはまずは実務経験を積むことです。そしてさらに言うと経験するだけでなく、「技術報告書としてきちんと活字化できる」というところまで一連の業務を完結させることで、自らの経験を生かしながら、その重要なポイントを人にも伝えられるようになります。いわゆる技術の伝承の一部でもあります。
しかしながら、技術系の職種の人物は上記のような傾向ゆえ、「知識を習得してから前に進む」ということに必要以上の執着をみせることが多いといえます。逆にいうとネットや本を調べるだけで「未知の世界に向けて実際に歩みだす」ということが苦手のようです。この性質が「若手技術者が自主的に考えて動いてくれない」「いつも受け身で仕事が進まない」ということにつながっていきます。
実はこの性質は、若手だけでなく中堅やベテランにも多く見られる事象です。「新しいテーマと言いながら、既存業務の中でしか議論できない」「わからないことに対して、裏付けを必要以上に求める」「細かい手順についてまで口を出してしまう」ある部分としては加齢や会社での立場の変化などを考慮すると致し方無い部分もあるのですが、スピード感と柔軟性に欠け、未知の分野や技術に対する好奇心が衰える、ということが多くなります。
上記の要望について、若手技術者は「真新しいこともできない」「わからないことを細かく調べる必要があるため、時間がかかる」「一挙手一投足まで細かい指摘が出る」という中で仕事をしていては「とりあえず、言われた事だけやっているのでいい」と考えてしまいます。その方が楽ですし、未知の部分に対して進むよりも、上司や企業の経験がある範囲の方が安全地帯と映るからです。
しかしながら時代は大きく変わってきています。異業種の連携や、柔軟かつ新しい発想をスピーディーに具現化するということが今の世の中ではスタンダードになりつつあります。企業の得意分野や上司の経験や考え方が、場合によっては足かせになってしまうのです。
企業において若手の熱意と発想力は極めて重要です。そしてそれを引き出すためには「与えられた目的に到達するため、必要な時間軸でやり方を自ら考え、進める」ということを若手技術者が早い段階で経験することがスタートとなります。
そのためには、上司が若手技術者に対し「必要なゴールとそれに到達する時間軸を活字で示した上で、細かいやり方は任せてみる」というアプローチが最適です。
ポイントは「A.目的と時間軸を明文化してきちんと伝える」。口頭だけだと、言った言わないの話になりますので必ず活字化(若手技術者に書かせる)ということを徹底します。見直しをできるというメリットもあります。
「B.最終的なアウトプットをいつまでに、という時間軸を伝える」。細かいステップの設定は若手技術者に任せます。
「C.いつでも相談に乗るという窓は開けておく」若手技術者が相談したいと思った時は、必ず相談に乗ってあげてください。独りよがりにならないことも大切な育成です。
「D.安全に関する確認は徹底する」。けがだけはさせないよう、そこだけは徹底してください。という4点です。
与えた時間軸や目的に対し、若手技術者の出してくる計画ややり方の提案は問題と感じるかもしれません。安全上問題があるようなことについては絶対にやらせてはいけませんが、そこに問題がない場合は、まずは当人のやりたいようにやらせてみてください。やり方や出てきた結果を否定したりする必要はありません。否定したり、指摘するよりも、一連業務が終わった後、「出てきた結果に対してどのように解釈するか。目的に到達できたか」ということを「考えさせる」ということのほうがはるかに重要です。いろいろ言いたくなる部分をあえて言わないということが重要なのです。
指摘してしまうと、若手技術者が自ら考えたことが実際に行ってみて妥当なのか、ということを検証する機会を奪ってしまいます。そして何より指摘している時点で、「企業や上司の経験や考え方に縛ろうとしている」という無言の圧力になります。
仮に失敗や間違いをしても、そこから学べればいいのです。これこそが本当の技術者人材育成です。むしろ自由にやらせることで、「知識がない状態で進んでも、未知の部分にトライするということは怖くない」という心理にさせることが重要といえます。
その上で、「目的からずれていないか、時間軸を守っているか」ということだけは適宜フォローしてください。夢中になるとずれていくというのはよくある若手技術者の行動パターンです。ここについてはむしろ指摘してあげることで、視点が徐々に上がり、俯瞰的に物事を見られるようになります。
これからの時代に求められるのは柔軟性とスピード感。この能力は若手が必ず持っている最大の能力といえます。これを引き出せるのか否かで企業の生き残りができるか否かが決まるといっても過言ではないでしょう。
安全、目的、時間軸だけは徹底的に確認する一方、仮に上司が違うと思っても基本的には何をどのようにやるのかは任せる。ぜひ、現場でも実践してみてください。
◆吉田州一郎(よしだしゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社 代表取締役社長、福井大学非常勤講師。FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。