日本の中小企業 現状とこれから
中小企業庁は「2020年版中小企業白書・小規模企業白書」をまとめ、日本の中小企業の現状とこれからについて分析した。その内容を抜粋して紹介する。
■業況 深刻な働き手不足
中小企業の業況は、回復基調から一転して減少傾向となっている。中小企業庁と中小企業基盤整備機構による「中小企業景況調査」のDI推移(前期に比べて業況が好転と回答した企業から悪化と回答した企業を引いた数値)では、ここ10年はリーマン・ショック後に大きく落ち込み、その後は東日本大震災や2014年4月の消費税率引き上げの影響でところどころで落ち込みはあるが、総じて緩やかな回復基調で推移してきた。しかし2019年は米中貿易摩擦による外需の落ち込みや消費税率引き上げの駆け込み需要の反動減、台風や暖冬等の影響で低下が続いている。
売上高、経常利益も同様に厳しい状況。リーマン・ショック後に大きく落ち込んでから増加傾向にあったが、19年第2四半期から減少または横ばいで推移。設備投資は16年に強含みとなったが、そこからはほぼ横ばい。IT・ソフトウエア投資、研究開発費も横ばいが続いている。
海外展開については、長期的に増加傾向にある。輸出企業の割合は97年の16.4%から17年度には21.7%に上昇。特に製造業の中小企業の輸出額は97年の1.5兆円から17年には4.1兆円まで拡大している。
資金繰りDIは改善傾向から直近は低下。倒産件数は09年から10年連続で減少してきたが、19年は8383件の倒産があり、11年目でストップ。それでも過去30年で3番めに低い水準でとどまっている。
人手不足や雇用環境について、国内は人口減少が進んでいるが、就業者数は13年以降7年連続で増加が続き、特に女性と60歳以上の労働者層の就業率が上昇している。ただ30人未満の事業所では雇用者数が減少傾向にあり、従業員過不足DIでも全業種でマイナスと成り、人手不足感が続く。転職市場でも大企業からの転職は横ばいながら、逆に中小企業から大企業への転職者数は増加傾向にあり、新卒採用の現状も合わせて人材獲得が進んでいない。製造業で不足している職種では「現場職」が圧倒的に多い77%となっており、工場や店舗等での働き手不足が深刻になっている。
■目指す姿 企業価値を最大化
中小企業は16年時点で358万社あり、数としては減少傾向にあるものの日本企業の99%を占める。その内実は多様性に富んでいるが、白書では中小企業に期待される役割・機能を「グローバル展開をする企業(グローバル型)」「サプライチェーンでの中核ポジションを確保する企業(サプライチェーン型)」「地域資源の活用等により立地地域外でも活動する企業(地域資源型)」「地域の生活・コミュニティを下支えする企業(生活インフラ関連型)」の4つの類型に分類して比較している。
全産業では生活インフラ型がもっとも多い39.2%で、サプライチェーン型25.1%、地域資源型13.8%、グローバル型12.9%となっているが、製造業は、サプライチェーン型が最も多い34.5%。ついで生活インフラ型が24.0%。グローバル型が16.8%、地域資源型が14.8%となった。
サプライチェーン型とグローバル型は、地域資源型や生活インフラ関連型よりも労働生産性が高く、資本金、従業員数の規模、営業利益率でも上回った。
白書では、中小企業には業種では捉えられない異質性があり、期待される役割や企業の目指す姿が異なれば、必要な支援策も当然異なるとし、その多様性を踏まえたきめ細やかな支援を通じて、それぞれが生み出す「価値」の最大化を図っていくことが重要だとしている。
■優位性構築 差別化と市場集中
中小企業を取り巻く環境が変わり、働き方改革や最低賃金引き上げ、被用者保険の適用拡大など制度変更への対応が必要となっている。労働者への分配の意識が高まるなか、中小企業には企業としてより一層付加価値の増大が求められている。
中小企業はどんな競争戦略をとっているのか。白書では、業界全体を対象とし、低価格で優位性を構築する「コストリーダーシップ戦略」、業界全体を対象とし、製品やサービスの差別化で優位性を構築する「差別化戦略」、特定の狭い市場を対象とし、低価格で優位性を構築する「コスト集中戦略」と特定の狭い市場を対象とし、製品やサービスの差別化で優位性を構築する戦略「差別化集中戦略」の4つの類型で分析している。
製造業では差別化集中戦略をとる企業が59.7%と最も多く、差別化戦略(24.2%)、コスト集中戦略(11.8%)、コストリーダーシップ戦略(4.3%)となっている。差別化集中戦略の企業は営業利益率は高いが、労働生産性は低め。差別化戦略の評価に関しても、差別化に成功している/いないで半々と評価は分かれている。ただし差別化の成否が営業利益率に大きく影響し、差別化で大きく優位になっているという企業の営業利益率は平均で4.7%、やや優位で3.7%となっており、他の類型よりも高い営業利益率となっている。
白書では、差別化集中戦略で優位性を構築するには「対象市場の絞り込み」と「差別化の取組」が必要と分析。特に対象市場の絞り込みは「特定市場に経営資源を集中させることで、参入障壁を築きやすいこと」、「量的に小さい市場を対象とすることで、業界のリーダー企業が参入しにくいこと」という2つの理由から優位性構築に有効であるとし、その方法として地域への限定や多品種小ロット品での差別化を挙げている。一方で、市場の衰退や縮小、他社参入の影響を受けやすく、そのためにも常に技術・ノウハウに磨き、自社で市場の裾野を拡大する取組や、築いた技術・ノウハウを基に新たな事業領域・事業分野への進出が重要としている。
また中小の製造業企業で差別化に成功したパターンでは、「付帯製品・サービスの開発」、「特定顧客向けの製品・サービスの開発」、「製品・サービスの高機能化」の回答企業では労働生産性の上昇幅が大きかった。またその他回答のなかでも、「技術者による営業の兼任」、「ハラル認証取得」、「製造工程における環境負担低減」など、独自の取り組みが多く見られた。
差別化のきっかけについては、顧客のニーズから着想を得たという企業が57.1%と半分以上を占め、自社技術を活かす、社会的課題を解決するという企業を大きく上回った。差別化の取り組みをすることによって22.1%の企業が単価アップと販売量の増加を同時に果たした。特に製造業では、「類似のない新製品・サービスの開発」、「用途・デザイン・操作性で差別化された製品の開発」、「製品・サービスの高機能化」が単価と数量増加に有効な手段となっている。
また差別化にあたって直面した(している)課題については、「人材の質・量両面での不足」や「投資コストの負担」を課題として挙げる企業の割合が高くなっている。
■海外展開 輸出の学習効果を
中小企業の目指す姿として、グローバル展開をする企業も忘れてはいけない。グローバル展開を目指すといっても、実際にできている企業は48.6%に留まる。半分以上は世界展開を志向しつつも販売できていないのが実態だ。
できている企業とできていない企業の違いについて、できている企業は特定のターゲット市場を対象とする集中戦略をとり、特に狭い市場に対して製品やサービスの差別化で優位性を構築する戦略「差別化集中戦略」の企業はすでに海外販売を手掛けているケースが多い。
また差別化戦略としてニッチトップ製品やサービスを持っている企業は海外市場に打って出ている数が多い。
さらに自社に企画・開發機能を有する企業、特許権・実用新案権・意匠権などの知的財産権を活用する企業、営業・販売人材、企画・マーケティング人材の割合が総じて高い企業でも海外販路を開拓している。
また海外展開を実施している企業は労働生産性が高く、海外市場のニーズに対して技術や品質水準を高める努力や知識習得、ネットワーク構築など輸出の学習効果が生まれている。中小企業にとって海外需要の取り込みは重要であり、研究開発などによって得られた技術力を源泉に、グローバル展開を目指すことが期待される。
海外展開成功のポイントは、「現地でのビジネスパートナーの確保(販売先・提携先など)」、「海外ビジネスを担う人材の確保・育成」、「現地市場・制度・商慣習の調査」を重要なポイントとして挙げる企業の割合が高い。また海外売上高比率が大きい企業ほど、「海外ビジネスを担う人材の確保・育成」、「現地市場向け製品・サービスの開発」、「自社の海外販売・サービス拠点の設立」など、現地顧客のニーズ把握などローカライズの取組と関連する取組の重要性を指摘している。
■経営資源 知的財産など活用
付加価値を増大するには経営資源の活用が重要となる。中小企業の経営資源はなにか? 中小企業全体では「技術者・エンジニア」や「営業・販売人材」など人を経営資源として重視し、製造業ではさらに「工場・事務所」が加わってきている。労働生産性の高い企業では「知的財産権・ノウハウ」「営業・販売人材」「企画・マーケティング人材」を重視する傾向が強い。
知的財産の活用では、中小企業は全企業数の99%を占めるにも関わらず、内国法人による特許出願件数では14.9%となり、特許現存権利件数でも14.5%と低め。実用新案の登録出願件数では55%、意匠登録出願件数は全体の37.3%を中小企業が占め、商標登録出願件数では61.4%が中小企業となっている。
中小企業は知的財産を使用のために取得し、75.3%が実際に取得した特許を使って事業を行っている。大企業は33.8%にとどまっている。
知的財産権の活用は、権利の使用やライセンスといった法的な側面に加え、権利によって自社の価値が見える化されるメリットもある。さらに出願または登録されると公開され、技術情報のデーターベースに入る。そのデータは高品質な技術情報の塊であり、そこからシナジーを生む可能性もあり、思いもよらない営業先を見つけることも可能だ、実際に特許情報を分析することで、ビジネスの多角化に結びつくと行った事例も存在している。