テレビコマーシャルで有名になったクラウド名刺管理サービスという事業があるように、ビジネスの社会では名刺は欠かせないものである。受け取った名刺の枚数が多いということは、それだけ多くの人に会ってきたということになる。
機器部品業界の黎明期や離陸期には販売員の名刺が無くなるのが早かった。100枚単位の名刺が無くなる頃を見計らったかのように、補佐の女性スタッフが「名刺は大丈夫か」と聞いてきた。名刺を切らせば営業に出られなくなる。当時の販売員はほぼ毎日のように、新規の見込み客や新規の人に会うのが仕事であった。それに名刺は印刷屋に注文してから数日かかる時代であった。
現在の販売員は、担当客を相手に営業活動することがもっぱらであるから、毎日のように新規の見込み客や新しい人と名刺交換するようなことはない。だから名刺の減っていくスピードは早くはないし、無くなって大騒ぎすることもない。
中小販売店の販売員に「当月、仕入れ先やメーカー側の人ではなく、客先側の人との名刺交換を何名位したか」と聞いてみると「当月は1名もいない」とか「数名くらいかな」との回答が多い。一般的にみても10名以下が現状のようだ。
名刺が減っていくのは客先担当替えの時やなんらかのイベントの時であって、取り扱いメーカーや仕入れ先の関係者との名刺交換の方が多いのではないかと思う-と言うことは名刺が減るのは身内のような人との名刺交換が多いということになる。そのためにあまり緊張のない名刺交換に慣れてしまう。
そもそも名刺交換は見知らぬ他人と初めて会う時にするものであるから、失礼のないように気を配り緊張するものだ。身内のような人とばかり名刺交換していると、形式だけの儀礼となってしまう。
令和という時代の変わり目に、機器部品販売員にとっても新しい時代のマーケットをのぞく機会は多くなっていく。だから従来マーケットにいる親戚筋の人とは違って、お互いに知らない赤の他人的な人との名刺交換が多くなる。それが多くなければ、令和時代に成長するマーケットへの進出に出遅れてしまう。
令和の新マーケットと言っても、機器部品とは縁のないマーケット開拓に行くわけではない。これまでのマーケットからじわじわとにじみ出してくる新しいマーケットなのだ。
したがって、従来マーケットとの接点がある。その接点からにじみ出してくるマーケットは、最初は小さくて見えにくいものである。その新マーケットを形成しようとしているグループや新規の客先の人を見つけて、名刺交換に持ち込まなければならない。これまでのような儀礼的な名刺交換をしていたら、会話は続かず、結局取扱商品のアピールに終わる。それでは馴染みのない新しいマーケットの人に接近することはできず、顧客にはできない。
平成では、まず会社を売って、商品を売って、最後に自分を売ればよかった。だから会社の取扱商品の魅力をアピールするところから始めればよかった。昭和の黎明離陸期では、まず自分を売って、会社を売って、最後に商品を売れと教えられた。
まさににじみ出しの新マーケットの人との名刺交換は、昭和の黎明離陸期のように自分を売るところから始めなければならない。まず自分を売り出すのだから相手の気を引くような名刺交換をすることである。もちろん、所作は大事であるがそれだけでなく、相手の気を引く表現の仕方を添えることが大事だ。
かつて、自動制御の世界が始まろうとしている時に、販売員は「○○社の○○です。自動制御を広めようとしています」と言って名刺交換をした。着席してから自動制御とはどのようなものかと質問があり会話が続いた。にじみ出し市場に絡む短いフレーズを考えてみるのも面白いだろう。